欲しいのはただ一人からの。









     +ハピハピ+








「あれ?ひよのさん、今日はお下げはどうしたんですか?」

放課後の新聞部室へ遊びに来た理緒と亮子が、そこの主を目にした途端に目を丸くした。
「ええ、実はヘアゴムを落としてしまったんですよ〜」
五校時の体育の時間まではあったんですけどね〜。降ろしている明るい栗色の髪を触りながら、ひよのが困ったように笑う。

「へぇえ・・・なんだか新鮮な感じ・・・全然雰囲気が違うねぇ!」
「そんな見ないでください・・・でも、あんまり学校で降ろしたことなんて滅多にないですからね〜」
まじまじと興味津々に覗き込んでくる二人に、背中のあたりまでゆるりと伸びた柔らかな髪を気にしながらひよのが苦笑した。



「長いのもお似合いですよ〜ひよのさん」
「そうそう!可愛い可愛い。こりゃアイツらがどんな反応するか楽しみだね」
「?」

二人の意味深な笑みにひよのが首を傾げた途端。
部室の扉が開け放たれた。


「「・・・ッ!!!」」

「あ、こーすけくんに・・・」
「カノン!?」

浅月はともかくとして、ある日を期にカノン・ヒルベルトがこの新聞部室に出入りするようになったことを知っているのは仲良し(?)五人組だけだったりする。
毎日はやって来ないが、まるでアンテナが付いてでもいるかのように、ひよのに大小問わず何らかの変化があるとこうしてやって来るのだ。

「嬢ちゃん、どうしたんだその髪型は?イメチェンか!?」
「ひよのさんはどんな髪型でも可愛いけどね!でも突然どうしたんだい?五校時まではいつものお下げだったろう?」

ちょっと待て。
カノンの発言に全員が同時に突っ込みを入れる。
しかしひよのはまた困ったように笑うと、そんなに普段の私と違いますか?などと言った。
「体育の時間に一旦外しちゃって、その後気が付いたらなくなっちゃってて・・・。運動場かどこかに落としちゃったんでしょうか・・・・・・」

ガシャン!!ズザピシャンッ!!!!

「!!?」
ひよのの言葉を聞くが早いか、男二人がなんとも形容し難い音を立て、目にも止まらぬ速さで部室を飛び出して走り去って行った。
「な、なんだったんでしょう・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
アホですね。
アホだな。

無言のまま、理緒と亮子が顔を見合わせて麦茶を啜った。



五時を過ぎたせいか、部活生以外はほとんど生徒の姿はなく、校舎内はシンとしていた。
そんな中、浅月とカノンの猛ダッシュする凄まじい足音だけが廊下に砂煙を立てかねないイキオイで鳴り響いている。

「おい!なんでお前まで!!」
「君こそ。不純な動機で僕のひよのさんに偽善を働くのは止してくれないかなぁ」
「誰がッ!!!」

二人がこうして走っているのはもちろん、どこかに落としたというひよののヘアゴムを探し出すためであった。
・・・まぁ、その動機というのが少し普通じゃなくて。
決してひよのに親切にしてイイトコ見せて自分を売り込もうという作戦ではない。

いわゆる。
『好きなコの持ち物は手に入れたい』
という、一歩間違えばストーカーまっさかさまな考えである。まぁそれも健全な高校男児のピュアな恋心からくるものだといえば気持ち悪いことこの上ない。(この二人に限定して、ネv)←ヲイ

「くそっ!負けねぇぞお前にだきゃー!!」
「ふふふ、僕に勝てると思ってるのかい?誰が君達に戦い方を教えたと思ってるのかなぁ」
「なっ!てめぇ肉弾戦でくる気かッ!?」
「まぁこれもひよのさんの為。やってみせるさ」

・・・・・・・・・。

こうして、醜いといえばまぁ醜い戦いが繰り広げられていた頃。




「・・・・・・誰だ、あんた」

溜まりに溜まっていた提出物に、ついに教師に呼び出しを食らってプリントを書かされていた歩が、新聞部室の扉を開いた。
その途端の言葉。
理緒と亮子は顔を見合わせ、ひよのは一瞬何を言われたのか分からない言った風に呆然とした。

「なっ・・・鳴海さん・・・?」
「?」
押し殺したように搾り出された声に、歩が無意味に目を細めてひよのをまじまじと見つめる。そしてあぁ、と思い出したかのように手をぽん、と打った。
「・・・あぁ、あんたか」
「・・・・・・ッ!なんですかそれは!!!」

「弟さん、本気でひよのさんって分からなかったんですか・・・?」
「あ、あぁ。だって雰囲気が・・・」
「鳴海さん、もしかしなくても私のこと三つ編みしか見てなかったんですね?」
「え?あ、いやそういうわけじゃ・・・・・・」
「香介とカノンの二人はすぐに分かったのにねぇ」
やれやれ、と嘆息混じりに亮子が肩を竦めると、その言葉に反応して歩が顔をしかめた。
「は?また来てたのか?カノンまで」
「うん。ひよのさんのヘアゴムを探しに行ったんだと思う・・・こーすけくんも一緒に」
アホですねぇ、と、今度は理緒が嘆息。
「・・・・・・・・・・・・」
理緒の言葉に、歩はこっそりとひよのの垂らされた長い栗毛を見つめ、そして視線をゆっくりと天井に向けてポケットに手を突っ込んだ。

「コレだろ?ヘアゴムって」
「へ?」
ポケットから出された歩の右手には、淡い緑色のヘアゴムが二本。ひよのがいつも愛用しているやつである。思わぬできごとにひよのが目を丸くした。
「え?これ・・・」
「運動場に落ちてたらしくて。サッカー部のやつが新聞部長のだろうから届けてくれって」

どうやらひよののお下げは誰もが分かるトレードマークのようで。・・・それを束ねているヘアゴムでさえも。
そして歩が新聞部長であるひよのといつも共にいることもどうやら有名なことのようで。
・・・・・・これが何を意味しているのかは分からないけれど。


とりあえずひよのは歩の手からそれを受け取ると、ちょこんと小さく頭を下げて笑う。
歩は、とりあえずそれを届けに来た、と言って、再び提出物の続きへ取り掛かりに戻って行った。





「み・・・見つからなかった・・・」
一時間後。一体何をしていたのか、浅月とカノンがクタクタになって戻ってきた。
見つからないのも当然といえばまぁ当然なのだが。
だだっぴろい運動場は部活生がしきりに活動しているというのに、どうやって探していたというのか。
そんな二人にひよのが麦茶を入れて出てきた。

「すみません。実は鳴海さんが届けに来てくださったんですよ」
「なぬ!!?アイツがッ!?」
「二人が出て行ってすぐだったよ。入れ違いだったね」

理緒が皮肉そうに言って肩を竦める。
ひよのはいつものトレードマークとも言える三つ編み姿に戻っていて。
一旦ガタンッと豪快に椅子から立ち上がった浅月が、うーと唸りながら再び腰掛けた。

「二人とも残念だったねぇ。ま、何するつもりだったかは大体想像つくけどね・・・」
「は?何言ってんだよ亮子!?俺は別に・・・・・・」
「そうだよ亮子。僕まで彼のように不純な動機でひよのさんの大事なものを探していたと言うのか?」
「だからなんでテメーはそんなこと言えるんだよ・・・ッ」


浅月が額に青筋を立てて拳を握り締めていると。

「あ、鳴海さん!」

ドアを開けて入ってきた鳴海をひよのが笑顔で迎える。
「・・・あ、なんだ」
「え?」
ひよのを見て呟くように言う歩に、ひよのがきょとんとする。

「あんた、やっぱこの髪型がいいな」

「!!」
歩はあくまで無表情だったので、どういった心情がその言葉に込められていたのかは分からないが。っていうか何も考えずに出てきた言葉なのかもしれないが。

その言葉にひよのはひどく嬉しそうに照れ笑いながら、麦茶を入れに奥へと入って行った。




「どう思う?今の発言」
「何を今更言ってるの亮子ちゃん!ラヴよ、愛に決まってるでしょ!」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」












とりあえずその日の浅月とカノンの機嫌は思わしくなくて。
その理由を知らないのは、たぶんいやきっと歩とひよのの二人だけだろう。













 fin





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