とてもばからしくて
 そしてそれが

 とてもいとしい。  





     +フラメア+






いい天気だ。
屋上の扉を開け、歩は小さく呟いた。

積雲がぷかぷかと浮かぶ晴天。けれど太陽の光はそんなに強くはなくて・・・
まさに昼寝日和。
歩は口元に小さく笑みを浮べると、授業開始のチャイムが鳴り終わるのをどこか遠くで聞いているような錯覚に陥っていた。

広い屋上の真ん中まで来て立ち止まり、どかっと無作為に腰を降ろす。
しばらく胡座を掻いた状態でぼんやりとしていたが、やがてごろんとその場に寝転がる。
丁度真上に雲が浮かんでおり、日が眩しわけでもなく暖かな日差しが身体を包む。



ふぅ、と小さく嘆息すると、歩は目を閉じた。


心地良さを噛み締めながら、

小さな小さな感情が胸を締め付けるのを感じながら。




「いいことねーかな・・・・・・」

ふと呟いた言葉がひどく情けない響きを持って声となる。
ふ、と小さく微笑うと、歩はぼんやりと真上を過ぎていく雲を眺めた。



なにかいいことはないか?

どんなことがいいこと?

なにが足りない?

なにが足りてる?

なにが不満?

なにが満足?


「まぁ・・・満ち足りてねーことは、確かだろうな」

自嘲の笑みを浮べ、歩は目を閉じた。



それは思考を中断する合図。
もう考えない。

面倒くさい。
考えるだけ無駄だし。
満足いく答えなんて自分には出せない。

きっと誰もが知らない。




満足している人間なんていない。
それは妥協。



幸せな人間などいない。
それは妄想。






「俺は妥協できる人間かな・・・・・・」


ふ、と目を開いてみる。
続けた声が風に乗って天へ昇っていく、そんな感覚が起こるほど、あたりは静かで、眼前にある空は広くて。





妥協できる?
満足していると自分に言い聞かせることはできる?




それじゃあ、この胸にぽっかりと開いたような穴を感じるのはどうして?






「なんかいいことねーかな」







嘲笑混じりの声で呟くと、歩は再び目を閉じた。



すると、ゆっくりとした足音がきこえ、やがて自分のすぐ横で止まる気配がする。
そして自分の顔を覗き込まれているような感じがするのと同時に、訝しげな声が掛けられた。


「・・・・・・・・・鳴海弟?」


「あ?」

間抜けな声を上げ、歩が目を開ける。
浅月が自分の顔を不審そうに覗き込んでいるのがすぐに目に飛び込んできた。

「お前・・・ヒトリゴト言ってんじゃねえよ・・・・・・」
呆れたような、なんとも言えない表情を浮べ、浅月が歩を半目で睨んだ。
「いつからいたんだよ・・・」
「昼休みから」
「・・・・・・」
現在昼休みが終わり、午後の最初の授業が半分ほど終わったところだろうか。
歩は昼休みが終わる直前に屋上へと来たわけだから、つまり浅月はその前からずっといることになる。

「・・・・・・・・・」
「?」

場合によっては、独り言を聞かれただけでなく、自分の様子も少なからず見られていたかもしれない。

「・・・・・・・・・・・・・」
「おい・・・?」

挙動不審なことはしていなかっただろうか。某新聞部長じゃあるまいし、まさか自分がそんな行動をするわけはないが、何となく気になってこれまでの自分を思い返してしまう。

「おい!?どうした鳴海弟!」
焦れたような浅月の声で、歩の思考が引き戻される。
呆れ顔の浅月にからふいっと視線を外し、歩は嘆息した。
「・・・いや、別に」


それで終わるつもりだったのに。


「・・・いいこと、ねーかなって」

思わず口についてしまった言葉。
浅月が目を丸くするのが分かった。
しかしこんな言葉を発した自分に対しての驚きが一番大きかった。


どうかしてる。


はぁ、ともう一度深く嘆息すると、歩は忘れてくれ、と表すように小さく手を振った。
すると浅月が嘆息混じりに言った。
「いいことなんてあるわけねーだろ。そもそもなんだよ、いいことって」

その言葉が何故か無性におかしくて、歩は口元に少し笑みを浮べ、そうだよな、と呟いて空を仰いだ。


「あぁ〜〜!!!!こっ・・・こんな所で二人で何やってるんですか!!!」

よく聞きなれた声が屋上に響き渡る。
その大音量の音声に驚き、二人が同時に振り返ると、わなわなと身体を震わせるひよのと、その少し後ろに「おお?大発見〜!」を顔中に表した理緒と亮子が立っていて。
「なっ・・・なんであんたらまで!」
「そんなことは問題じゃありません!!!じゅっ・・・授業をさぼって二人で密会してるなんて・・・ッ!!」
「なんだそりゃー!!」
力いっぱいにびしっと指差してくるひよのに突っ込みを入れながら、ふと考えてみると。
歩は寝転がっていた体を上半身だけ起こして上を見上げていて、そんな歩のすぐ隣には少し身体をかがめた浅月が立っていて。
それだけで何故考えがそこまで行く。
と誰もがそう思うのだが、彼女の妄想の範疇を計り知れる人間はまずいないだろう。

歩が焦って抗議の声を上げる。
「俺が昼寝しようとしてたら偶然こいつがココにいたんだよ!」
「まったまたぁ。そうやって必死に弁解すると余計怪しまれますよ弟さん〜」
理緒が手を見るからに「まったまたぁ〜」と振ると、ニヤリと笑みを浮べた。
「うるさい!!大体なんであんたらはいつもそう・・・」



しばらくそんな言い合いが続き。
「しっかし・・・結局のところなんだったのさ一体?」
「だから言ってるだろ!俺が昼寝しようとしたらコイツが・・・・・・っていうか、あんたらもみんなさぼったのか?」
「ええ。天気がいいので私もここでお昼寝しようかな〜なんて思ってたら、来る途中お二人にお会いしたんです」
どうにか落ち着いたのかそれとも歩をからかっていただけだったのか、けろりとした様子でひよのが答えた。

「おっ!運動場でサッカーやってる!」
「あれって校内の球技大会で優勝争ってた二チームじゃない?」
「おお!んじゃどっちが勝つか賭けっか!?」
あまりにも暇なのかトトカルチョの話題まで出てくる。
手すりのところでやいのやいのと大声を上げている三人を半目で睨みながら、歩が嘆息した。
「いつものペースだな・・・」
「そうですね〜」
傍で立っているひよのがにこにこと笑って歩を見下ろす。
そんなひよのを横目で見ながら、しばらく考えた後歩が口を開いた。

「・・・なぁ、いいことってなんだ?」

その言葉に、ひよのは先程の浅月のように目を真ん丸く見開いた。
驚いたような表情で自分を見てくるひよのに、やはり言うんじゃなかったかと歩が頭を掻く。
するとひよのはやはりニコリと笑んで、空を仰いだ。
「天気がいいことですか?」
「・・・・・・そんなもんか?」
笑顔のままに答えたひよのの言葉があまりに単純だったので、歩は拍子抜けたような声を出す。
「そんなもんってなんですか!」
歩の言葉にひよのがぷうと頬を膨らませ、見上げてくる歩をじろりと睨んだ。
「天気がいいから、鳴海さんや浅月さん、私も理緒さんも亮子さんもみんな、この屋上に来たんですよ。すっごい偶然じゃないですか」
「偶然ではあるがいつも顔合わせてるメンバーだしいつものパターンじゃないか。いいことかこれは」
ゲーム(それもたかが(失礼)体育の授業)がどういった展開に行ったのか、ぎゃーぎゃーとうるさく騒ぎ始める三人をぼんやりと見ながら、歩が肩を竦める。


いつもと同じ。

それは何の変化もないということ。
つまらないじゃないか。



しかしひよのは今度はふふふ、と声を出して笑い、続けた。

「いいことかは分かりませんね。そう言う風に言う鳴海さんにとっては悪いことかもしれませんし」



いつもと同じ。
それはとてもつまらないこと。

自分ひとりで、周りは同じ風景。
それはとてもつまらないこと。


いつも一人でいて周りに線を引いて、
そうやっていた自分の周りに起きたのは『変化』。



いつもと同じ。
それはとてもつまらないこと。

じゃあ変化は?




たのしいこと?







「いいことかは分からないですけどね。鳴海さん、顔がいつものぶす〜っとしたものじゃなくて、少し嬉しそうですよ」




「!!」

にっこりと言い放ち、笑顔で自分の顔を見下ろしてくるひよのに、歩は慌てて顔を下に向け、口を手で覆った。












なにかいいことはないか?

どんなことがいいこと?

なにが足りない?

なにが足りてる?

なにが不満?

なにが満足?



それはきっと誰も知らない。


知らないけれど。





大きくとも小さくとも、幸せというものは存在しているらしい。





気付くのが何人いるか、という話であって。
















 終





++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


   *閉じる*