何がどうしてこうなったのか。





  +クラッシュ+




「何でお前らがここにいるんだよ・・・」

 じわじわと蝉が煩い、そんな夏の日。
 鳴海弟こと歩のため息混じりの声が響いた。

「うっせえな。自分だってそうじゃねーか」
 ぱたぱたと手で顔を仰ぎながら、横目で煩そうに浅月が前髪を掻き揚げた。

 場所は結崎ひよのを主とする(?)新聞部室。
 真夏の溶けるような気温の中、何故かここはクーラーがついてたりする。
 ・・・まぁ・・・何故かは多くは語るまい。
 誰も訊いたり、どうしてここだけ、と不満を漏らす者もなかった。


「っていうか・・・みなさん、どうしてここにいらっしゃるんですか・・・」
 ひよのが麦茶をお盆に載せて運びながら、呟くように突っ込む。
「まぁ固いコトは言いっこナシだよ」
「そうそう。暑いときはお互いさまです」
 待ち望んでいたようにひよのから麦茶を受け取りながら、亮子と理緒が口々に言った。
 要するに、歩はもとより、敵対していた筈の全員がここ新聞部室に大集合なのだ。



「ま、あたし達はともかくとして、その清隆の弟君はここに居ざるを得ないってとこかな」
 亮子がカラカラとコップの氷を鳴らしながら、歩を愉しげな目で見つめながら揶揄するように言う。
「ああ?どういう意味だそれは」
「いつもずっと当たり前のよーに自分と居るひよのさんが、こうも他の人たちと一緒にいられては困りますよねぇ」
「なっ!!」
 にーっこりと言い放つ理緒の言葉に、歩がガンッと椅子を蹴倒して立ち上がる。
「あーあー暑いったらありゃしねぇ。地球温暖化は目まぐるしく進行中だなオイ」
「だまれ浅月ッ」

 そーこーと楽しく(?)言い合っていると。

「おやおや。駄目だなぁ喧嘩しちゃあ」
 穏やかで、どこまでも涼しげな声。

「「「「「!!!!!!」」」」」
 声のした方を振り向き、その人物を確認すると、全員が息を飲んだ。

「カッ・・・」
「カノン!!」

「やぁ。みんなおそろいで♪」
 驚愕の声を上げる一同に、カノンはにこやかに手を上げて挨拶した。

「なななっ・・・何しに来やがった!?」
「こっちは全員いるんだよ!一人で乗り込んで来るとはイイ度胸だねっ!!」
 全員がガタガタと椅子を離れ(それでも麦茶は手に持っている)、後退りながら身構える。
 そんな様子を愉しげに見回しながら、カノンはクスクスと笑みを溢した。
「いや。今日は別に君たちをどうこうしようって来たわけじゃないよ」
「じゃあ何だ!!」
「麦茶なら出さないよ!!」
「そーだそーだ!お前なんか掃除用具入れの中で暑さを満喫してろ!!」
 まるでこどもの仲間外れ。口々に後ろ指差しながら叫ぶ一同。カノン・ヒルベルト、みんなで指差しゃ恐くない。

 カノンは愉しげな雰囲気は崩さず、且つ困ったような器用な笑顔を浮かべながら頭を掻いた。
「はは・・・そうとう嫌われてるみたいだね・・・」

 周りには緊張した空気が流れていて。

 でも「強」にしてあるクーラーのゴーっという音やら、麦茶の中の氷がくるくるとダンスしながらコップに当たってカランカランと実に涼しげで愉しげでつまり場にそぐわない、間抜けた音が緊張感を削いで行く。

 かつっ、と。
 カノンの靴の底が床に響いて高い音を出すと。一同ザザザッと後ずさる。
 そんな様子を実に愉しげに見回しながら、カノンは先程麦茶を載せていたお盆を抱き締めてじ〜っと訝しげに自分を観察しているひよのに向き直った。



「ひよのさんは、僕が嫌いかい?」



 はぁ?なにいってやがんだコノ野郎。

 その場にいた全員の心の声がハモネプよろしく重なった。
 唖然としながらも横にいるひよのに視線を集める。ひよのもやはり何を言われたのか脳内で処理するのにしばらく時間が掛かっているようで。
 しばし時間を要した後、相手の意図を探るような眼差しで、呟いた。

「・・・きらいとか、そういう問題じゃありません」

「そうか。ふふ」

 ひよのの怪訝な眼差しに、カノンは一人頷き、愉しそうに笑みを溢す。
 全員がカノンのそんな様子に冷や汗を浮かべ、次に来る行動は何かと予想を始めた。

 しかし。

 ふふふと怪しげな昏い笑みを溢しながら、ゆっくりとカノンが顔を上げ、爽やかな、実に好青年よろしい笑みを浮かべて言った。




「僕、ひよのさんが好きなんだ」




 ズベシャ。がたがたがたん。
 椅子を倒し麦茶を撒き散らし、その場にいた全員が床と熱いキスをする。

「ほ・・・本格的に何言ってやがる・・・」
 浅月がずれた眼鏡を掛け直しながら、唖然とも呆然ともつかない声を上げる。
「そ、そうだよカノン君!冗談はやめてって!!」
「新手の作戦かい!?何考えてんだ!!」

「ちょっと、さりげに私に失礼じゃありませんか・・・?」
「嬢ちゃんは黙ってな!長生きしたかったらな!!」
「台詞を使う場面が違います!!!」

「・・・まぁ、でも本当にカノンがあんたのコト好きっていうなら問題ないけどね。普通の人間はどうこうしないし。カノンは人殺しだけど悪党じゃない」
「それもなんか使う場面が・・・」
「でも!!ひよのさんをダシに色々とこちらに仕掛けられたら困るよ!ひよのさんとカノン君、考えたら最強最凶最悪タッグじゃない!!」
「それもそうだな」
「そういう理由ですか!」
「おやおや。僕のお姫様をみんなで死守するっていうのかい?せっかく僕が今は君達をどうこうするっていうつもりはないって言っているのに」

 じわり、と。
 穏やかだが絶対零度の微笑を浮かべ、カノンが囁くように言う。
 その言葉に全員がうっと息を詰まらせる。

「でも・・・でも!あたし達はともかく、弟さんが黙っていないよ!!」
 理緒が諦めずにどんっと歩の背中を押す。
「はぁ!?なんで俺が!!」
 見事に顔をしかめる歩。それを見てひよのの額に青筋がひとつふたつ浮かび上がったのはたぶん気のせいじゃない。
「いいのか嬢ちゃんをカノンに渡しちまって!?」
「ひよのさんがカノン君側に行っちゃったら、もうこの涼しい部屋で麦茶をご馳走してもらうこともなくなるんですよ!」
「そういう問題か!」
 理緒と浅月のまくし立てるような言葉に、思わず歩が突っ込みを入れると。
 ふっ、かかった。
 二人がにやりと黒い笑みを浮かべる。

「そういう問題じゃないですよ!さぁ、だからひよのさんを守るために闘って下さい弟さん!!」
 ずずいと理緒が歩の背中を押す。
「そうそう!あの娘への愛を信じて!!」
「そんなもんは無い!!!」
 亮子の声援(顔は笑っている)に歩が即答で言い捨てる。
 それを聞いてひよのの額に青筋がさらにひとつふたつ浮かび上がったのもたぶん気のせいじゃない。
「だったら刺し違えろ!」
 握り締めた拳を歩に向ける浅月。

 そしたら俺達の危険も無くなって俺が嬢ちゃんの面倒見てやれるからっていうかそれって俺にとってベストウェイだろそうだそうしろ。

「勝てとは言わねえ刺し違えろ鳴海弟!!」

「なんでだよッ!!!」


「・・・もう、みんな勝手なことばかり言って・・・。そんなんじゃひよのさんに迷惑だろ。可哀想に」
 カノンが眉を八の字に傾けて言う。
 いや、アンタが言うなや。

 カノンさんにこにこ顔のままつかつかとひよのに歩み寄り。
 その手をがっと掴んだ。

「どう?ひよのさん。僕と付き合ってくれる?」

 にこにこ顔でひよのの手を握るカノン。
 その顔はたぶんいやきっと仮面じゃあないかと疑ってしまうほど、手に込められた力はぎりぎりと内面を表していたという。(ひよの談)

「・・・・・・・・・」
 無言で固まっているひよのに、何故か満足そうに頷くと、カノンはひよのの手を引いたまま新聞部室の扉に手を掛ける。



 まぁ、考えてみればひよのへの熱がある限り、こちら側はカノンからの襲撃はないように思える。
 思わず一同が胸を撫で下ろした時。







「・・・みなさん。明日笑って元気に校門をくぐれると思わないでくださいよ」







「「「「・・・・・・!!!」」」」


 扉が閉められる瞬間にひよのがにっこりと笑顔で(果てしなく黒く)残した言葉。
 全員の背中に冷たいものが走る。


「・・・・・・・・・・」
「もしかして、一番敵に回しちゃ駄目なのって・・・あの娘だったんじゃ・・・」
「今頃気付いたのか・・・」






「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」










 しばらく無言で顔を向き合った後、一同先を争うように二人(っていうかひよの)を追い掛けていったことは言うまでも無い。













 終


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