深く考え続けて
ずっと苛まれた不安から解き放たれて
安堵に胸を撫で下ろす瞬間
新たな言葉に捕らわれる
わたしという人間はそうして歩みを進めて行く
その歩みの途中
あなたに出会えた意味を
わたしが出会った意味を
知らないままに速度を上げて行く
『私が私で』
テレビの中で、アナウンサーが百面相で矢継ぎ早にニュースを伝えて行く。
隣国や遠い国の有事についてだったり、どこの動物園のカバが赤ちゃんを産んだとか、芸能人の下世話なスキャンダルだとか
知らなくとも生きていけるが、なぜか皆が知りたがる(或いは知ってて良かったというような気分になる)情報が15分に凝縮されている。
そんなニュース番組の最後に取り上げられた一つのトピックに、今まで黙っていた弥子が声をあげた。
「あーあ、まただよ」
「?」
「新種のウィルスによる流行り病。 あっちこっちの国でもう何百人も亡くなってるんだって」
首を傾げるネウロに、眉を顰めながら弥子が説明する。
「お金がなくて医療が発達していない国の人ばっかり死んじゃうんだから…神様は本当何してるんだろって思うよ…」
ふぅと嘆息しながら言う弥子に、ネウロが興味深げに問い掛けた。
「ほう。病気とは神とやらが防ぐものなのか」
「いや違うけど…生物を愛して創ったのが神様なら、なんでこんな悲しいことで殺しちゃうんだろうなって」
「そのウィルスも生物なら、人間よりそれの方に価値を置いたということも考えられるだろう」
「…………」
「まぁ、我が輩が神ならば貴重な食料源や奴隷要員として人間の方を生かしておくがな」
目を輝かせて言うネウロに、弥子ががっくりと肩を落とす。
「あんたが神様だったらそんなワルいコト考えないよ…」
「そうか。我が輩が我が輩だからこそ、謎を喰す為にここに渡り、貴様を奴隷に選んだわけか」
「いや、そんな凄惨な話を運命論のように語られても」
「良かったな、貴様が貴様で」
「え…」
「貴様がミジンコの如き無能で哀れな人間だからこそ我が輩の奴隷として抜擢されたのだろうが」
「…今…せっかく一瞬感動しかけたのに…ホントに一瞬だったよ……」
感激は0コンマ4秒で露と消えたが、その言葉だけはずっと耳に残った。
『良かったな、貴様が貴様で』
私が私だから、魔人は私を探偵(と言う名の奴隷)に選んだ。
無力で、あらぬ形で父を失い、けれども無力で。
そしてそれだけではなく、彼が彼だからこそ私を選んだ。
初めはそれを苦痛に感じていたこともある。
現時点に至っても苦痛なら浴びるように受けているが。
「そっか、私は私で良かったんだ」
知ることのなかった世界、出会うことのなかった人間、
湧いてくることのなかった感情。
「そして…ネウロはネウロで良かったんだ」
改善を望むことはあっても、後悔することは無いから。
「色々、思うことはすごーーくあるんだけど…
私はやっぱり、あんたと会えて良かったと思う、って…言ったら ネウロどう思う?」
「……………」
ネウロは答えず、知らない言語を聞いたかのように目を丸くして前に立つ弥子を見つめる。
「会えて良かった理由、は……知らなくて良いよ。私だけのものだから」
笑顔で言った5秒後。
珍しいものを見つめる視線で刺して来る魔人に、初めて探偵は照れたように目を背けた。
終
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07/10/11
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