開いて見せて
 その疵とこの疵を交換しよう。















          + ゴーシュの舌 +


















 止まない、雨。




「いつも通りだな、大佐」
 闇が支配する窓の外を、雨の穏やかな音が静かに彩る。
 そんな風景を思い浮かべながら、エドは外に目をやったまま呟いた。

「…何が」
 ロイのほうも机に向かったまま、ちらと視線だけを寄越しただけ。
 何も手についていないはずの手が、それでも書類やら何やらの上を忙しなく往復する。


「何がって…」素っ気無い答にも構わず、少し言葉を詰まらせてエドがロイを見た。
「傷心重なる日々じゃないの? って、」



 少し躊躇いを孕んだ言葉。

 その心は繊細で、
 何にどうヒビが入るか理解ったものじゃないから。


 そのヒビが目に見えるものなら、もっと楽だったろう。








 …違う、そんなことじゃない。








 見せて欲しい、のに。






「別にいつも通りだが?」







 俺の傷は見たくせに。
 知っているくせに。



 そうは勿論声には出さず。 代わりにエドは大きく嘆息した。


「いつからそうしてんの?」
「今日は朝からだな…」
「雨降ってんの、知ってる?」
「あぁ、音で」
「大佐」
「ん? ――――」


 近くに気配が移動したことに反応し、ロイが横を向いた瞬間。 その顎を捕らえ、そのまま唇を塞ぐ。
「っ、…」
 当たり前のように侵入してくる舌を、今はもう拒むことはなく。
 それでも微かな抵抗を示すそれを強引に絡め、きつく吸う。
 互いの息が上がって行き、自分の脳裏に白い熱が少しずつ湧き上がってくるのを感じながら、エドはゆっくりと目を開けた。

「…、」
 目が、合う。

 ――こんなときくらい閉じてろよな、などと頭の中で愚痴を溢すも、ぴちゃぴちゃと響く水音と口内に感じる熱に、だんだんと意識は奪われて行って。

 黄金と漆黒の瞳は、見つめ合ったまま。

 更に口内を深く蹂躪し、同時にロイの軍服の襟を解くと、ピクリとその眉がしかめられたのが判った。
「…、言え、よ」
「……?」
 互いの荒い息が触れるほどに唇を離し、エドが言う。

「声に…出せよ」


 それは、


 訴えに近く、
 願いに近い、…。





「言えって」




 痛い、と。





「私に…何を言って欲しいんだ、鋼の」
「だからっ」







 見せて、傷を。

 同じように見せつければいい、痛みを。






「痛むような傷は無い」
「…………」

 何も語らない目で。
 痛くないと言われれば終わってしまう。





 ――そうかよ。
 口の中で擦れた声で呟くと、目の前にあるロイの額に自分の額を付ける。




「雨、降ってるよ」
「…あぁ…?」
「雨なんだよ、大佐……」





 せめて。



 解りたい、
 解って欲しい。






 こんな二人が、こんな世界で。


 共有できるものなど、痛みくらいなのだから。








 理解りたい、のに。





















  終







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傷口を舐め合うくらいの関係が私的に心地よいんですが…
……
……
……
エドロイばんざーい!(強制終了)




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