この衝動に愛しさ以外の名前を。















          + メイストーム +


















 きっかけはたった一言から。




「子供は寝る時間だぞ、鋼の」

 作業中の机に堂々と腰を降ろし、何やら書物を読み耽っているエドに、ロイは声を掛けた。

 何気なさを装った嫌味にエドは素直に額に青筋を浮かべ、上着のポケットからわざとらしく時計を取り出す。

「まだ9時ですが。 大佐」
「9時と言えば子供にとって立派なシンデレラタイムだぞ」
 外は真っ暗だ。 見なくても分かる、これから更に月が高く飛翔を始めることだろう。


「子供子供ってナメやがって……じゃあ大佐は何を持ってして大人を名乗っているんだよ」
 読んでいた本を閉じると、ばたんと重苦しい音が響いた。
「私が大人を名乗った事があるのか?」
「言動にありありと出てんだろーが」
 ロイが子供を名乗っているならばそれはそれで問題だろうし何より気持ち悪いことこの上ないのだが。
 気の短いエドが苛立ちを隠しもせずに言うと、ロイはまた静かに笑った。

「ふむ。…強いて言うならばこの滲み出る哀愁と理知的な眼差し、そして雪のように募る経験だろうな」
「…………………」



 何も言い返さないエドに少し物足りなさを感じながらロイが続ける。
「…大体私はまだ仕事中なのだが。 いくらここに君が読みたい本があったからと言って人の机で―…」
 ロイが言葉を言い終わる前に。
 エドが 「経験…ねぇ」 ゆっくりと机から腰を離した。

「……」
 そしてそのまま無言で、椅子に座っている机の主の横にツカツカと歩み寄る。


「…………?」
 訝しげに眉を寄せて自分を見てくるロイを真っ直ぐに見返す。

 形の整った顔に、切れ長の黒の瞳。
 その見透かすような漆黒に自分の顔が映っているのが見えるほど。







 躊躇ったのは一瞬。







 行動に移したのも、





 一瞬。








 無言のまま見つめるエドに首を傾げようとしたロイの襟を強引に掴み引き寄せる。
 そして間髪入れず、ロイの唇に自分のそれを重ねた。

「――!」

 ロイの目が一瞬だけ見開かれたのがとても良い気分だった。



 唇をこじ開け、歯列を割って舌を絡め取る。
 逃げようとする舌を軽く噛み、更に深く口内を蹂躙する。

「……、」


 互いの唾液が溢れ、口端から流れた瞬間。
 エドの飛びかけていた意識が戻った。

 頭の中が真っ白になるほどに、自分が必死だったこと。
 既に上がり切っている息。
 その熱さ。

 気付いた瞬間には、掴んでいたロイの襟を思い切り突き飛ばしていた。






「…ったた……一体何なんだ鋼の…」
 椅子から転がり落ちた体を起こしながら、痛む頭を抑えてロイがうめいた。
「…? 鋼の?」
 しかしその瞬間には、部屋からエドの姿は消えていて。

 倒れた椅子を直しながら、口元に手をやる。
「………おどろいたな」

 それは、心から感心したような、楽しんでいる口振りで。











 一方エドは。


「………………………は、」
 ロイを突き飛ばした後、ダッシュで部屋を飛び出し、廊下に出たは良いが、そこでがくりと力抜けして座り込む。

「なんなんだよ……」
 うるさい心臓を押さえ、上がりきった息を整えようと必死に深呼吸する。






 聞いてない。
 もっと簡単なことだと思っていた。





 "愛情行為"なんて名前だけ。





 何も感じず、何も感じさせず。
 何も生むこともない、簡単な、ただの―――






「やばいな…こりゃ」



 こんな苦痛を、何よりこんな快感を。




 伴うものだなんて。









 早鐘のような心臓を掻き毟るように抑えつけ、息が整って頭に冷静さが戻り始めたころ。



 今ごろになって、漸く頬が熱を持って紅潮し始めていた。





















  終







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さぁみなさんご一緒に。

エドロイ万歳!



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