ただひたすらに息をして。















          + 傾く天秤に掛ける手 +


















 雪は現実を突き付けられる。




「わぁ…結構積もったね、兄さん」
「ホントだぜ。 ったく歩き難い…」
 太陽を隠す分厚い灰の雲から、白い雪が舞い降りてきて、積もる。


 大地の暖かさを証明する氷。
 やがて来る次の季節に、生命の強さを証明する低温。








 ぎゅ、ぎゅ、と音を立てて刻まれる歪な平行線。
 コートのポケットに手を突っ込みながらエドは、隣で足跡で遊ぶように歩く弟を横目で見た。

「…………」
「どうしたの兄さん、黙っちゃって。 寒い?」
「あぁ…ちょっと、な」




 そう言って、また俯いて。
「……」

 何か考えて込んでいるようなエドに、アルも何も言わずに歩き始める。

 話す言葉もなくなり、足を雪に沈める音だけが辺りに響いて。
 それに耳を傾けながら、アルは静かに息を吐いた。


 隣の兄のように、吐けば白く昇る息ではないけれど。




 雪の上を歩くと、少し安心する。
 完全に耳に馴染んでしまった、隣で響く両足で違う足音。
 それが消されるから。



 でも今度は。


 兄の声が聞こえなくなり、
 そして同時に。
 兄の考えていることがうるさいほどに伝わってきて、頭に響いてくる。






 意識しているのだろう。



 足跡は二列並んでいるのに、
 立ち昇る白い息は片方だけ。


 共有できない寒さ。






 『魂しか、魂だけしか練成できなくて…』





 暖かさは、こんなにも共有していること、

 こんなにも、こんなにも感謝しているのに。


 あちらの心が放つのは謝罪の言葉ばかりで。










「次の街では、何か手掛かりがあるといいね」
「おう。 心配すんな。 お前は俺が絶対元の体に戻してやるからよ。 寒いぜ〜、覚悟してろよ!」


 にかっと悪戯っぽく笑い、少しだけ小走りで雪の上を進む。

 いつも通りのその顔に、
「…兄さんもだよ」
 その背中に呟いて。











『ごめん、俺が悪いんだ…俺のせいでお前は………』










 どうして伝わらないんだろう。



 目指す場所は同じなのに。

 誓いも、願いも。 同じはずなのに。








『たった一人の弟なんだよ』







 心は常に。 とても近い場所に存在しているはずなのに。











 どうして。

 伝わってくる謝罪の声は絶えることなく。









 どうして、どうして伝わらない。















 抱える罪は同じなのに。





















  終





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