君に何が分かる?
 僕に何が分かる?

 僕が分からない理由を
 君が分かる?








                少年ナイフ








 流れる紅い水。
 喉から吹き抜ける乾いた風。
 刃を持つ手がこんなにも震えているのはどうしてだろう。



「死んだらどういう気持ちかなあ」

 隣からなにやらひどくばかげた質問がかけられたような気がする。
 ルックはそれだけ思うと、表情ひとつ変えずに本のページをめくった。
「…ちょっと。人が訊いてるんだから、応えてくれたっていいだろ」
「…ああ、ごめん。なんて言ったの」
 嘆息し、本に枝折を挿みながら、ルックが悪いと思っている風でもなく言う。
 彼の手の分厚い本がパタン、と重い音を立てるのを聞きながら、エンジュは言葉を繰り返した。
「だから、死んだらどうなるのかなあって」
「さっきと質問がちがうよ」
「…聴いてたんじゃないか」
「質問のあまりのばからしさに何も言う気がしなかっただけ」
 ルックの呆れたような声に顔を膨らませながらエンジュが目を閉じた。



「ぼくには人を殺す気持ちが分かる」

「ふーん」
「…なんだよ、その気のない返事は・・・」
「ばかみたい、と思って」
「だってそうだろ? …ぼくは人を殺した事があるから、人を殺す気持ちが分かるって言ったんだ」
 むっとしながらもエンジュが続けた。
「だけど、ぼくは殺される人の気持ちが分からないんだ」
「殺された事がないんだから当然だね」
 要するに何が言いたいのさ、といらいらとした様子でルックが加える。
 そんなルックの言葉に、エンジュがふっと微かな笑みをこぼして言った。



「ぼくを殺してみてくれない?」


 瞬間、ルックの表情が凍りついた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 まさかこうくるとは思わなかった。
 いつものエンジュのノリじゃない。

 ひどく胸がどきどきした。

 冗談で言ってるのか?

 でも

 その目は


 冗談なんて言ってる目じゃないよね?



「な」
 声が情けないほどに震えていて。
「なんで、ぼくが」
 その声にエンジュが表情を一変させ、声を上げて笑った。
「あはははっ」
「……?」
「やだなぁ、ルック。そんなに動揺しないでよ」
 ひらひらと手を振りながら笑うエンジュに、ルックが声を荒げる。
「…ッ!きみが変な冗談言うからだろッ」
 顔が少々熱い。たぶん紅くなってるんじゃないだろうか。
 でもルックの声を聴いた途端、エンジュの目が真剣になった。

「冗談じゃないよ」

 『静寂』と呼ぶに相応しい瞳があるとすれば、それはたぶんこの瞳との事を言うんだろう。
 ルックが頭の片隅でそんな事を考えながら目を離せないでいると。
「ルックの魔力があればぼくを殺せるでしょ。ぼくと、この紋章とを」
 右手にそっと触れながらエンジュが続ける。

「別に今じゃなくても良いよ。考えといてね」

 それだけ言うと、笑って手をひらひらと振りながら行ってしまった。




「・・・・・・・・・・・・・・・」
 こんなにも、胸がどきどきした事はたぶん無い。
 でも、どうしてこんなにも自分の胸が締め付けられるようなのか、ルックには分からなかった。
 ただ、戸惑っていた。

 エンジュの昏い瞳、エンジュの透き通る声に呼び覚まされた
 自分の中に今まで存在しなかった感情。







 『殺したい

















「ねえ、どんな気持ち?」


 ぽたり。
 流れ続ける、紅い水。


「ねえってば、エンジュ」

 何も言わない。
 エンジュの呼吸が小さくなっていくのをルックは満足そうに耳を澄ませる。


 どうしてこんなにも衝動が掻き立てられたのかは知らない。
 でも
 絶対に死ぬ事の無い
 そして誰からも傷付けられる事のない
 きれいなきみから

 奪ってみたいなって


 人を殺すのって どんな気持ちなのかなって
 知ってみたくなっただけ。


 つまり


「きみと一緒だね」


「…、……うれしい?ルック」

 エンジュの消え入りそうな声が耳に届いた。
「…うん。とっても良い気分じゃない?」
 きみを世界から遮断して
 ぼくだけのものに。



 何でも良いから
 自分だけのものがあるって

 うれしくないはずないだろ?




「…そう」
 呟いてエンジュは大きく息を吐いた。





「ルック、それならどうして泣いてるの?」






 手に入れた代償は大きく。
 ひと時の快楽の果てにあるのは
 とめどない
 涙。






「思った通りだ」

 エンジュがゆっくりと瞳を開き、呟き、そしてまた閉じた。

「ひどく・・・・・・気持ちが良い」




 きみがぼくを殺した。

 きみのなかでぼくは
 永遠の存在となる。


 何も手にする事が出来なかったぼくが
 唯一 最期に 手に入れた。


 だからそれだけはせめて
 縛り付けて
 絶対に離さない。




 血の気を失ったエンジュの手がゆっくりとルックの頬に伸ばされた。






 『すきだよ、ルック






 それは
 人間をがんじがらめに縛り付けて
 絶対に離さない 呪文。








 エンジュの瞳が 再び開かれる事は無かった。



















 終










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4年ほど前に書いてボツになったルク坊ダークSS。
主軸はそのままに書き直しましたが、テイストの違いにビックリ。
前の自分ってこういう妄想してたんだなぁ(笑)

ダークな二人も好きだけど、やっぱりどこか深みが無い。
ダークなだけならエロ入れてくれりゃ良かったのに!(…)

でもなんだか面白いので蔵出ししてみました。
なんだかんだ言って前の文章に敵わない・気がするんだ よなぁ。

06/09/29

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