どんなに祈りを散りばめたって
 叶えられはしない














                            恋し・天の川














 蒸し暑い夜。
 でも、どこか寒い感じがした。









 同盟軍の城の屋上で風を遊ばせていたルックの元に、息を切らせてナナミがやってきた。



「あっ、いたいた! ルック、そんなとこで何してるの?」
「…別に」

 肩で息をしながらも呼吸を整え、ナナミは改めてルックの隣に歩み寄る。
「星みてたの?」
「別に」
 素っ気ない答えを返すも、ナナミは満足そうに笑って空を見上げた。
 ルックも同じように、ついと顎を上げて空を見やる。



 上空には満点の星が広がっていた。


 誰かが作為的に散りばめたのだろうか。
 ずっと眺めていたらそれが降ってくるような、
 あるいは
 こちらがこの漆黒の中のきらきらした砂の上に落ちてしまうような、
 そんな錯覚をおぼえるほど。


 蒸し暑くて、でも風はどこか気持ち良い。
 この風に吹かれても微動だにしないこの星は、やはり途方もないほど遠くにあるんだろう。



 星に導かれた運命を持つ者は、この地に集まってはいるのだが。



 そう、自分も導かれた。
 今の運命は二度目。

 一際輝く、自分たちの運命を指揮する星には、二度出逢った。
 前の主は、今は知れない場所にいる。









「ルック、今日何の日か知ってる?」
「知ってるよ。七夕だろ」
「じゃあ、どんな日か知ってる?」
「さぁ」


 本当は知っていた。
 ただその内容がとても幼稚で面倒くさいから適当に首を傾げた。

 そんなルックの内情を知ってか知らずか、
 とにかくナナミは嬉しそうに目を輝かせて「七夕がどんな日か」の説明を始めた。


「七夕はねぇ、仲を引き裂かれた織姫と彦星が年に一度逢える日なんだよ!」
「……へぇ」


 なんの根拠も真実味もない御伽噺。
 でもナナミは嬉しそうに語る。


「そして、笹の葉に願いごとを書いて吊るせば、それが叶うんだよ」

「誰が叶えるのさ」
「そりゃあ、織姫と彦星でしょ?」
「そんな力があるのに年に一回しか天の川を越えられないわけ?」
「それは…って、やっぱりルック七夕の話知ってるんじゃない!」
「…」
「ま、いっか。
 とにかく、織姫と彦星 二人の幸せのお裾分けしてもらえるんだよ。
 今みんなが下で短冊に願いごと書いてるんだ♪」
「…きみはもう書いたの?」
「うん!」

 即座に頷く。
 もう願いごとが叶ったかのような、幸せそうな笑顔だ。

 彼女が短冊に何と書いたかは、大体想像つく。


 愛する弟と一緒に 幸せに 平和に暮らせること。
 そしてもう一人 親友が無事に戻ってきてくれること。
 すべてを前と同じように 平和が 幸せが
 戻ってくるように


 きっとそんなところだろう。


「叶うといいね」
「うん!…って、わおーどうしたの? ルック今日やさしいよ!」
「別にそんなことない」
「ふ〜ん? ね、ルックも何か願いごとある?」
「………」




 ねがいごと。




 そう聞いて、即座に「誰か」の後姿が浮かんだのが最高に笑える。

 悲しいくらい笑える。







「ある…よ」

 たぶんね。叶わないけど。


 皮肉めいた笑いを浮かべながら言うと、ナナミはそれでも目を輝かせた。
「ホント!?教えて教えて!」
「教えない」
「ちぇー、言うと思った!
 でもルックも願いごとあるなら、下で短冊に書いてきなよ」
「いや ぼくは…いいよ」


 かなわないから。



 そんなことを言えば、彼女は大層悲しそうな顔をするんだろう。
 そんな気遣いをする性質は自分にはないのだが、なんとなく言わずにおいた。



「書いてくればいいのに〜。 諦めが早いなぁ」

 ルックらしいけど。 朗らかに笑いながらナナミが言う。
 そして続けて、


「でも、こんなにたくさんの人たちの願いを叶えてくれるなんて、すごいパワーだよね!」


 また何の根拠もないことを言う。
 願いを叶えてくれると 何の疑いもなく言う。







 叶うわけないんだよ。

 すごく そうだったらいいって 願うけど。





 ナナミにそう言ってしまわないのは、叶うと信じる彼女を気遣ってじゃない。
 口にしてしまえば、叶わないというそれが本当になってしまいそうだから。

 事実叶うはずないと思っているけど。
 それでも それくらい 願っているから なのかもしれなくて。

 自分のような人間がこんなにも願うなんて 後にも先にもこれだけだ。

 脱力する思いで、ルックは大きく嘆息した。











 目下のような上空には、無数の星の川。
 川の向こうと向こうを繋ぐ舟に乗って、年に一度だけ 二人が出会う日。













「幸せパワーって凄いんだねぇ、ルック。
 二人はよっぽど逢いたいって願ってるんだろうね。年に一回しか逢えないのは悲しいけど…」








 年に一回?
 そんなの問題じゃない。

 この身に あの身に
 どれだけ悠久の時が約束されてるか知れないんだ。






 その二人は良い。
 出逢いを約束されている日があって
 出逢うための舟だって用意されていて

 どれだけ広い 無数の星の川に阻まれていても
 その向こうには相手がいるって
 相手も自分を想って一年ものときを待っているって
 そんな確信めいたものがある









「逢えるって、やっぱり良いよね」

 幸せそうな笑顔で、ナナミがしみじみと言う。
 親友を想い出しているんだろう。
 どれだけ決別を告げられても、いつか逢える日を信じてるから
 そんな風に笑えるんだろう。






(ぼくは、 笑えないよ)







「………そうだね」

 思ったより優しげなトーンで口から発せられた声。
 素直に同意したルックに驚いたのか、ナナミが珍しそうな でも嬉しそうな目でルックを見やった。










 どれだけ離れていても
 どれだけ時間がかかっても










 逢えたなら

 きっとそれは幸せ













   終








かーなーり久々の幻水文ですが。 ……書けば書くほど甘くなっていく(笑
てかね、私の書くルックは坊のこと好きすぎるんだよ(笑
あんまり乙女になるのは好みじゃないんですが;;
でもやっぱりラブとかそんなんじゃなく、「逢いたい」って良いと思うんだよね。


05/07/08


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