楽に生きることほど辛い生きかた
知ってるかい?
+プラスティックスプーン+
「寒くない?」
「あったかくはない」
無表情に返された言葉に、エンジュは嘆息した。
その吐き出された息が冷たい外気に触れて白く現れるのを見て、それが余計に寒さを煽ってエンジュは小さく身震いした。
寒い。文句なしに寒い。
そしてぼんやりと前に立ち尽くしている彼が寒さに強いなどとは思えない。
寒い。
だが彼を残して中に入るのも微妙に気がひけた。エンジュは心の中で再び嘆息すると、前に立っている偏屈な風の魔術師の説得に掛かった。
「君って寒いの好きだっけ?ルック」
「きらいだよ」
「・・・・・・じゃあ中に入ろう」
そう言って手を伸ばしたエンジュに、ルックは一瞬目を見開き、その差し出された手を凝視した。
「なに」
「何って・・・入ろう」
差し出したまま宙にある自分の手を見つめながら、エンジュは困ったようなむっとしたような、複雑な表情で眉を寄せた。
「ぼくが勝手にここにいるんだ。きみは入ってればいいだろ」
「色々と複雑な事情があってそれができそうもないからこうしてるんだけどね」
じゃなきゃ十分も前に失礼してるよ。エンジュは無表情にそう言った。
「・・・・・・こうしていたいんだ」
しばらく黙ったまま俯いた後、ルックが小さく呟いた。
その言葉にエンジュは小さく眉を寄せ、寒いのに?と首を傾げた。
「・・・・・・寒いから」
エンジュの言葉にルックはそう返し、灰色の空を仰いだ。
「君にそんな自虐的な面があったなんて知らなかったな」
エンジュがほう、と感嘆的な声を上げる。
「変な誤解しないでよ」
半眼になってルックが嘆息した。その息が白くなって一瞬で消えてしまうのを、またぼんやりと眺めて。
失う苦しみは、手に入れる喜びを凌駕する。
暖かい手から得られる温もりよりも、それが離れてしまったときにいやでも飛び込んでくる、刺すような冷たさの方が大きいから、厭だ。
寄り添うことから得られる暖かさよりも、それが離れてしまったときにいやでも流れ込んでくる虚しさの方が果てしないから、厭だ。
どうせ冷えてしまうんだから、暖めることなんて無駄だ。
どうせ離れてしまうんだから、傍にいられるなんて虚しいだけだ。
「・・・・・・ねぇ、どうして、手拒んだの」
しばらく黙ったままいたエンジュが、白い息で遊びながら尋ねた。
「・・・気にしたの?」
「別に。ただ気になって」
「気にしてるんじゃない」
「いーから。理由あったんだろ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
・・・暖かそうだから。
ルックのぽつりと呟くような言葉に、エンジュは視線を灰をちりばめたような空に向け、ふいに何を思ったかルックの手を掴んだ。
「っな・・・」
ルックが吃驚して手を離そうとしたが、エンジュはしっかりとその手を握り締め、言った。
「あったかいわけないだろ。誰かさんのせいでこんな寒いとこにいんだぞ」
「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・でもまぁ、こんだけ寒い思いしてるんだから、中に入ったらきっと暖かくて気持ち良いだろうね」
小さく微笑いながらエンジュが言った。
「・・・・・・じゃあそれを大きくするためにもう少しここにいる」
俯いて呟くルックにエンジュは半眼で嘆息し、分かったよと呟いた。
失う哀しみが、離れる虚しさが、温もりや喜びを凌駕してしまうのなら。
どれだけそれが訪れてもいいように、たくさんたくさん手に入れておこう。
温もりを忘れることのないように、いつでも思い出せるように。
「ねぇ・・・寒くない?いいかげん」
「全然あったかくはない」
雪がちらつき始めた真っ白の空でも、嘆息すれば白い吐息がはっきりと見えた。
終
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