何を重ねているのだろう。



 決して止むことのないこの雨に。






 





     +鱗+











「すごい雨だねー」
「ああ・・・」

並んで窓枠に頬杖をついて。

時々稲光の起こる空におお、とかわあ、とか小さな声を上げて。


マクドール家二階のエンジュの部屋には、いつもの二人が。









「なあ、知ってるかエンジュ?」
「なに?」

突然話し出したテッドに、エンジュが興味津々の目を向ける。
その目を満足そうに見やり、テッドは話を切り出した。

「こんな風に雨の降る日はな、人魚がやってきて、良い人間にキレーな透明の鱗を渡していくんだ。その鱗を持ってれば、どんな願いだって叶うんだぜ」

他愛もないおとぎ話。
それでもエンジュは目をきらきらと輝かせた。
「すごーい!本当に、どんな願いでも叶えてくれるの?」


期待の眼差しで問うエンジュに、テッドがにこりと笑った。
「そのかわり、良い人間にだぜ?」





もし本当にそうなら、エンジュの願いなら真っ先に叶えてくれるさ。



そう付け加え、テッドはぽんぽんとエンジュの頭を軽く叩いた。

「もー!すぐそうやって子ども扱いしないでよ!」
テッドのその仕草に、エンジュがぷうと頬を膨らませて抗議する。
その表情にテッドは笑いながら謝罪し、お前ならどんなお願いをするんだ?と尋ねた。

問われたエンジュは視線を天井に向け、そして次に外の降りしきる雨を見つめながら言った。
「たぶん、ぼくの願いは人魚には叶えられないかも」
「・・・?」

その横顔が、とても真剣で。
とてもエンジュほどの子どもの持つ瞳とは思えない。
テッドの胸がぎしり、といやな音を立てた。


「でも、テッドなら叶えられるはず」
「なんだよそりゃ」

急に笑顔に戻ったエンジュに内心安堵のため息を吐きながら、テッドが笑った。
その笑顔を見て、エンジュもにこりと満面の笑みを浮べて言った。





「テッドと、これからもずっといたい。テッドがどこにも行かないように、って」





笑みを浮べたまま、テッドの顔が凍りついた。





心臓がいやな音を立てる。
目の前がだんだんと暗くなっていくような錯覚。
寒気がする。






できるだけ笑顔を崩さないように。声が掠れてしまわないように、テッドが言った。
喉の奥の奥から無理矢理引っ張り出して搾り出したような、そんな声だった。






「・・・オレの願いも、同じだよ」






テッドの言葉に、エンジュの顔がこれ以上ないほどに輝く。
「ほんと!?」
「ああ」
「じゃあ、ぼくとテッドはこれからもずっと一緒だよ?約束だよ」
「ああ。当たり前だろ」






できるだけ笑顔を崩さないように声が震えて掠れてしまわないように


躊躇ってしまわないように。
















この日初めて、できもしない約束をした。

叶わないとわかってることを願ってしまった。













ばかみたいだ。




















ぽたり、と。握り締めたテッドの小さな手の甲に、透明な雫が零れ落ちた。
















 終





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