すべてを、あずけて。





  +アカネ+




「人が死ぬときってどんなときだと思う?」
 トランの英雄殿は相変わらず底の知れないにこにこ顔で石板前に佇んでいる風の魔術師のそばに寄ってきた。
 ルックは見るからにいやそうに眉を寄せた。
「・・・なに?今度は哲学に嵌ってるわけ?」
「そうじゃないよ」
 エンジュはゆっくりと首を横に振って、付け加えた。

 ・・・今日はここの兵達の、合同葬儀なんだって。

「・・・ふぅん」
 ルックももちろんそれは知っていたが。そう答えておいた。
 そんなルックの様子に、エンジュはふふ、と静かに微笑って肩を竦めた。
「今さっきそれをフレイに聞いてね。だから今日はもうこれでおいとましようと思う」
「・・・・・・ふぅん」

 理由なんて聞くまでもない。
 ・・・「それ」が疼くんだろう。

 なんでそれを自分にわざわざ言って行くのだろう、と思いながらも、ルックはそれだけ答えておいた。




「だから、行く前に聞いておこうと思って。」
 エンジュは先刻の笑顔を戻し、ルックにまた一歩歩み寄った。

 ひとがしぬのはどんなとき?


 頭が身体から離されたとき?
 身体中の血が流れてしまったとき?
 心臓を貫かれてしまったとき?

 それとも

 身体の中の「なにか」が
 この右手の紋章に捕らわれてしまったとき?


「知らないよ、そんなの。興味もない」
 首を振ったルックの声は、心なしか力がこもっていて。
「まぁ、きみならそう言うだろうね」
 そう言って肩を竦めたエンジュの声には、心なしか嘲りの色が含まれていて。


「ぼくは当然として、ルック、きみは葬儀に参列しないのかい?仮にも魔法兵長だろ?」
「仮じゃないけどね。ぼくが参列してどんな意味があるのさ」
 生きてるぼくが参加してどうするのさ。
 そう付け加えて、ルックは肩を竦めた。
 そのルックの言葉に、エンジュが首を傾げた。
「生きてるから、参加しないの?」
「死んだときでじゅうぶんだね」

 ぼくもいつあの無数の棺の中に加えられるか、知ったもんじゃない。

 ルックがそう言って翠の目を天窓に向けると、そこから入ってきた光が反射して彼の瞳が金色に煌いた。


「きみは死なないよ」


「・・・?なにいってるの」
 突然エンジュが言い放った言葉。
 声には諭すような強い意思すらこめられていて。

「人が死ぬのは、人に忘れられた時だ。ルック」

 墓に名は刻まれても、それを呼ぶ者も無い。
 過去形ですらその存在を語る者も、無い。
 自分の生きた証が無い。

 それが、死。


「だからきみは死なない」
 ぼくが、おぼえてるから。

 そう言ってエンジュは小さく微笑った。



「・・・・・・・・・」
 そのままさよなら、と小さく呟いて笑んで、背を向けたエンジュを、ルックは何も言わず見つめた。



 きみも、とうぶんは死なないよ。

 そんな言葉は言う気にはなれなかった。
 あまりにも気休めに過ぎないから。





「・・・・・・・・・エンジュ」
 もう既に見えなくなった背中に、ルックは小さく小さく呟いた。
 この名を呼ぶ者は、いつまでいるだろう。
 彼が生きながらに死んでいる時代は、遠くない。




「・・・・・・・・・・・・」
 永遠の生とはどんなものか。

 ・・・・・・興味は無いが。

 哀れだと、少しだけ彼のためにルックは溜め息をついた。






 終


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