陽はまた昇りくりかえす





  +緑の丘+




「え〜!?エンジュさん、もう帰っちゃうんですか!?」
 今日もまたいつものように、元気だが少し間の伸びた声が同盟軍の本拠地、ノースウィンドウ城に響く。
「もうって・・・今回は3日もお邪魔しちゃったからね」
 エンジュが苦笑しながら諭すように言う。

「僕・・・エンジュさんがいなかったら寂しくて何もする気無・・・」
 それでも尚エンジュに食い下がろうとするフレイの言葉を溜め息混じりの声が遮る。
「なに阿呆なこといってるのさ・・・」
「ルック!」

 エレベーターに乗った時からずっとエンジュにくっついて離れずに、ついに一階の中央ホールまでついて来たフレイ。
 石板の前には無論、ルックがいて。
 まぁ、同盟軍軍主の元気の良い間延びした声はよく通るので、フレイのエンジュに縋り付いて離れない様子は声だけでルックに見て取れた。
「きいてよルック!エンジュさんが帰るなんて言うんだ〜!」
 ルックはフレイが腕を掴んで離さないエンジュにちらりと視線を移した。
 いつものようにエンジュは首を少し傾げて小さな笑みをルックに向ける。
 ルックが心の中で嘆息すると、呟くように言った。
「それはいいことだね。そのままここに来ることもなくなればいいんだけど」
「なっ!ルック・・・」
 フレイの咎めるような声を遮るようにエンジュが言う。
 穏やかな、本当に何か含みでもあるのではないかと、探りを入れたくなるような笑顔で。
「心にもないことは言うものじゃないよ、ルック?」
「ばかじゃない?早く帰れば」
 心底うんざりした顔でルックが言う。
 けれど 否定することはしない。
 それに満足そうにエンジュが小さく微笑うと、ルックはますますけげんそうに眉を寄せた。

「うん。だから送ってもらおうと思って。送ってよ、ルック」
「やだよ面倒くさい。ビッキーがいるだ・・・」
「だからー!帰らないでくださいエンジュさん〜!!」
 ルックの言葉を遮ってフレイがエンジュの腕に更に強くしがみつく。
「あのねぇフレイ・・・」
 困ったように曖昧な笑みを浮かべ、フレイの腕を離そうと声をかけた時。
「せめてあと一日だけ!僕の一生のお願いですー!!」
「・・・・・・・・・!」
 あくまでも懇願するフレイの科白に、エンジュが目を見開く。

 ―――『一生のお願い』。

 エンジュの口元が一瞬だけ、笑みを形作った。
 普段の寂しげなつくり笑いなどではない、本当の。

「・・・・・・じゃあ・・・今日まで、ね」
「やったーーー!!!!」
 フレイの顔が、それはそれは輝き、やっとしがみついて離さなかったエンジュの腕を解放した。

「・・・・・・どうしたのさ、急に」
 退屈で憂鬱なはずのシュウの呼び出しにも、嬉しさで踊るように階段を駆け上っていったフレイを冷めた目で見送りながら、ルックが言った。
「・・・つい、懐かしくてね」

 明るくて元気な少年。
 フレイに重なった、唯一の親友―――。

「ああ言われると弱いんだよね」
 エンジュの照れたような嬉しいような、何とも言えない、そして滅多に見られないような笑みをぼんやりと見つめながら、ルックが呟いた。
「・・・もう、思い出しても平気なんだ?」
「平気って?なにが?」
 エンジュのとぼけたような声にルックが肩を竦め、嘆息する。

 何がって?
 決まってるだろ。

 『あの時』、きみはどんな顔してたと思ってるんだ。


「うそうそ。ありがとう、気遣ってくれて」
「気遣う?だれが」
 眉を寄せるルックにエンジュがいつものように笑みを向ける。
 この英雄殿は、本当に、いつでも微笑っている。
 けれどその笑みはあまりに寂しげで。
 こちらはとても気が気じゃなくなる。
 ・・・まぁ、そんなのは絶対に出してやらないけど。


「ぼく自身、驚いたよ。・・・すごいね、時の流れっていうのは」

 どんなに辛いことでも。
 哀しいことでも。
 少しだけ小さくしてくれる。

 笑える力をくれる。


 そして
 いつかは

 自分が『こんな』人間である事も
 小さくしてくれるのだろうか






 涙が止まらなかったできごとでも 笑える力をくれるのだろうか。




「忘れたいわけじゃないんだ」



 ただ ほんの少しの 勇気をくれれば。




「ぼくもいつか得られるかなぁ」

 時の流れに蝕まれ 永遠の鎖に縛り付けられた自分にも
 時間の 大いなる福音が。








 これからはたぶん もっと
 泣きたくなるような時がくる。

 でもそれでも いつかは
 笑えるような


 そんな力を得られる事を

 期待して良いだろうか。



 『こんな』人間でも。




「・・・・・・・・・・・・ま」
 石板にもたれていた背をゆっくりと離しながら、ルックが呟いた。

 本当は言う気なんてなかったけど。


 そんな顔で微笑うから。

 その笑顔が 願いが
 あまりにも
 この胸をすくうから。


「・・・とりあえずさっきは。なかなかいい、笑い方だったんじゃない」

 そう思う。
 そうだと思う。


 これからの笑顔なんて
 保証なんてできないし 予想もできないけど


 とりあえず



 今は。




 エンジュは闇の中でなく
 陽の中にいるんじゃないかって





 そうじゃないかと思う。












 終


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