だれ?





  +やどりぎの杖+





「死んだらどこへ行くと思う?」
 突然かけられた問い。
 誰もが一度は
 考えた事があるだろう、人の行き着く場所。

「ね、フリック」

 でもなぜだか
 この目の前の相手に限ってだけ
 その話をさせたくなかった

「分からねえよ」

 短い言葉でせっかく終わらそうとしたのに。
 黒の瞳は食い下がってきた。
「『思う?』って訊いたんだよ。別に正解が欲しいわけじゃない。フリックの考えが聞きたいだけ」
「・・・・・・天国か、地獄かだろ」
 仕方なしに何の面白みもない答えを返す。
 我ながら本当につまらない答えだとは思うが。
 相手は何と返してくるかと思っていたら。
「あははっ、フリックおかしいね」
 笑われてしまった。


「じゃあ、フリックは死んだらどこへ行くの?」
「・・・・・・分からねえよ、そんなの・・・」
 もう話を終わらせたかった。
 自分でも分からない程
 焦っている自分がいる。
 この相手とだけは『死』について語りたくない。

 不可解?
 不安?
 恐怖?
 たぶん、要するに不快。


「どこへ行く?って、予定を訊いたんだよ。『フリックは』どこへ行くの」
 こちらの気持ちを知ってか知らずか、エンジュは更に黒の瞳を爛々とさせてフリックの顔を覗き込んできた。

 たぶんこちらの様子を楽しんでいるのだろう。無垢な瞳で首を傾げるエンジュに、心の中で深く嘆息する。

「・・・さーな。人間は・・・少なくとも俺は死んでからはどこも行かねえよ」
 『行く』のは、死ぬまでの間。
 死んだ場所が、行き着いた場所。
 それだけ。

 もう 何も無い。


「そう、思いたいんだね」
「・・・・・・何?」
 嘲るようなエンジュの科白に、フリックが眉を寄せる。
「人間死んだらそれで終わり、そう思ってなきゃやるせないんだよね」
「・・・・・・何が言いたいんだ?」
「オデッサさんはどこに行ったの?フリック」
「ッ・・・!」
 予想もしない
 言葉。
 フリックの言葉は声にならず、喉からひゅっと風が抜けて行った。

「ぼくに殺されてしまって、この紋章の中に縛り付けられて。苦しんでる魂を考えると、そう思いたくもなるよね」
「違う。おまえが殺したんじゃない・・・」
 声が自然に低くなる。

 この感情の名前は?


「違わない。ぼくが殺したんだよ」
「違う」

 不快?

「違わない」
「違う・・・」

 恐怖?

 憤怒?


 それとも


「殺した」
「違うッ!」


 それとも 悲哀?


 鈍い音が響いた。
 それが自分の拳が エンジュを打った音だと気付くのに
 フリックには暫く時間を要した。

「あ・・・悪・・・・・・」
「ちがわないよ」
「・・・・・・・・・・っ」

 微笑っていた。
 紅くなった頬をおさえる事も無く
 黒の瞳を細めて エンジュは微笑っていた。




「可哀想だね」





 ひどく
 歪んだ 微笑い。







「可哀想にね」

 エンジュがもう一度言った。





 可哀想?


 誰が?







 やけに静かになった思考が
 恐怖にも似た違和感をおぼえたころ

 エンジュを打った左手が
 漸く 痺れ始めていた。








 終


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