まだ そこにいるの?





  +きみのとなり+





 戦争は同盟軍の勝利に幕を閉じ、軍主フレイはハイランドにいた親友と死んだと思われていた姉と共に国を旅立った。
 他にもフリックやビクトールを初めとし、放浪の旅へと出て行った者達も多かった。
 何日も続いている勝利を祝う宴で人々が賑わっている中、同盟軍に力を貸していたエンジュが静かに呟いた。
「ルックはこれからどうするの?」
 飲めや唄えやで大賑わいの人々をどこか遠い目でぼんやりと見つめながら、ルックは肩を竦めた。
「さあね。ひとまずレックナート様のところに戻るけど。その後はどうなるか分からないけど、ここを出ることだけは確かだね」
「そうか・・・」
「・・・きみはどうするのさ」
 呟いたエンジュの瞳があまりにも寂しげで。
 人のことを気にしたことなど全くと言っていいほど無いルックだったが、少しだけこのことに興味が湧いたので、訊いてみた。
「さあ・・・。考えてないけど、ルックと同じ。ここを出て行くことだけは確か」
「・・・・・・なんで出て行くことが前提なのさ?」
 自分は使命が終わったから出て行く。
 最初から仕事だったからここにいたんだ。

 でもきみは違う。
 ここにずっといたのは
 『フレイに呼ばれたから』だけじゃないでしょ?

 この場所に

 かつて持っていた 何かを


 重ねてたから

 じゃないの?


「なんならここで暮らしたら?」
「冗談。やめてよ」
 エンジュがルックの声に自嘲気味に笑い、肩を竦めた。
「こんな暖かいとこにいたら溶けちゃうよ」
「・・・ちょっとは解けたほうがいいと思うけど。」
「なに?」
「別に」


 喧騒はやがて静けさの波に飲まれ。
 太陽が傾きかけた頃、二人はどちらからともなく屋上に移動してきていた。
 ルックが風の声に耳を傾けていると、ずっと黙りこくっていたエンジュが話し掛けてきた。
「ルック」
「・・・なに」
「テッド、知ってる?」
 突然何を言い出すんだと思ったが、ルックはとりあえず記憶の中から該当する名前を掘り出してみた。
 割とすぐに思い出せた。自分にしてはものすごく珍しいことだと思う。
「・・・・・・シークの谷の?」
「そう!」
 ルックが親友のことを憶えていたことが嬉しいのか、エンジュは満面に笑顔を浮かべて大きく頷いた。
 思い出したくないことのはずなのに、エンジュが予想に反して笑ったから。
 ルックはとても、驚いていた。
 顔に出したりはしないけど。

「テッドはね、300年間もずっと、この紋章と一緒に・・・人と交わることを避けながら、一人でいたんだ」
 ひどく哀しそうに、そしていとおしそうに右手に触れながら、エンジュが呟いた。
「だからかな・・・。ぼくと一緒にいるとき、すごく寂しそうだった。何してても、どっか距離をおいた場所で静かに微笑ってた」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 きみみたい。
 ルックはそう思ったが、黙っていた。

 傷付くから?
 たぶん違う。
 きっとそう言うと
 きみはまた 寂しそうに微笑うだろうから。


「テッドは、結局自分から離れていったんだ」
 一緒がよかったはずなのに
 ひとりでも寂しくない人間なんているはずないのに。

 それでも離れていったのは
 別れへの扉を自分からノックしたのは

「誰かと一緒にいるって、ひとりでいるよりずっと寂しいんだよね」

 どうせ一緒にはいられない。
 心がひとつになんかなれない。
 それなら

 ―――一緒にいて辛いだけだよ。

「・・・・・・そうかもね」

 それじゃあ
 きみは ずっと
 辛かったんだね。

 仲間と一緒にいて
 いつも静かに微笑ってて
 戦って
 語り合って
 時に馬鹿やって

 そうしながらも
 心ではずっとそうして

 遠くを見てたんだね。


「ばかみたい」

 そう言ったルックに
 エンジュがひどく寂しげに微笑って
 曖昧に頷いたのが
 ルックの翠の目に
 何故か深く焼き付いた。


「ルックと一緒に行っていい?」
 ・・・心ではそう思ってないことを言われるのは
 少し腹が立つ。
「いいんじゃない」
 そう応えたけど。
 その後どうなるかなんて分かりきってる。






「ルック、ハルモニアに・・・」
「・・・・・・はい」

 星見の間から出ると、ルックは深く息を吐いた。
「・・・あれから・・・何年経った・・・・・・?」


 ―――となりには、きみがいる。
 そう思うだけで、寂しくなんかなくなるんだ。
 でも
 本当にきみと一緒にいたなら
 ひどく寂しさに包まれてしまうから


 そう言って きみはここにいない。






 『誰かと触れ合うのは恐い


 ・・・それでも誰かと一緒にいたい』





 誰よりも人間だったきみのとなりに 今も













 ぼくはいるの?










 見えない壁に隔たれたのは

 多分 ずっとずっと前から。

 近付く術もなく
 近付く気もなく

 からっぽな心を持て余して







 ときどき微笑んで



 遠くを見つめるきみのとなりに。


















 終


++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



   *閉じる*