喜雨と鳴轟 掻き消し尚も 灼きつくは
               絶えて久しき 君の足音




無音の稲妻





「なあ、俺にはもう人を信じることなんて出来ないよ」
 珍しく、というか初めて弱気な声を聞いた。
 それはそうだ。
 こうも立て続けに友人達に殺し殺されすれば普通の人間はそうだ。
 俺にどんな返答を求めているのかは解らないがとりあえず思ったことをそのまま返すことにした。
「お前が出来ひんのやったら俺にはもっと無理な話やな」
「でも…お前のことは信じてる」
 こいつも思ったことをそのまま言っただけだろう。 だが俺は笑ってしまう。
「今さっきの言葉と矛盾してるやろーが」
「本当だな」
「否定せーへんのか」
 こいつは疲れている。
 もしくはおかしくなっている。
 俺はどうだと訊かれれば俺なんてとっくに疲れきっているしおかしくなりきっている。
 その証がこの手にガッチリ握られた黒い物体で完全に身体に染み込んでいるオトモダチという他人を絶命させる感触で多少の怪我では保健室など必要のない狂い切った感覚。



 張り詰めた空気の中では時の流れが恐ろしく遅い。
 それを紛らせるためだけの、これまでにも既に何回かは話題になったような他愛ない会話だった。
「…前も言ったけど。 もし俺がお前を裏切ったら、お前俺を憎むか?」
 これを他愛のない話題と言ってしまえば若干ヒかれるかも知れない。 でもそんなのどうだっていい。 何せ俺の感覚はとっくに狂っているんだから。
 そして隣の七原も同じ調子で顔色をあまり変えずに答えてくる。
「裏切ったら…ってのは、お前が俺達を騙してて、俺を殺したらってことか?」
「ああ」
「さーな、喜んで受け入れるかもよ」
 いつの間にか前と答えが変わっていた。
 そうだ、こいつは疲れているんだ。
「……それじゃあ、あかんな」
 そう呟いた俺にこいつは答えの難しい質問を投げ掛けてくる。
「お前の望みは何なんだよ」
「お前には分かれへんもんや」
 俺はその質問から逃げるためと、そして最も的確な答えとしてそう答える。
 七原は数秒黙り込んだ後にゆっくりと口を開いた。
「…俺に、憎んで欲しいのか?」
 どこか確信めいた口調。
「さぁ…いや、別に」
 俺はそう言うしかない。
 別にって何やねん。 と自分で突っ込みを入れたい気分にもなるが肝心の七原がそう突っ込まないどころかこれ以上何も言ってこなかった。


 そしてそれからどれくらい時間が経ったか。
 他愛ない会話は繰り返される。 続いているのでなく、繰り返される。

「…なぁ、それじゃあ。 もし俺がお前を裏切ったら、俺を憎んでくれるのか?」
「お前が俺殺したらって意味か」
 俺は繰り返す。
「ああ」
「さぁな、喜んで受け入れるかも知れん」
 繰り返す。 記憶を辿ってこいつの台詞を思い出したり、本気でそう思うということを混ぜ込みながら。
 そして俺オリジナルのホンネをこいつが繰り返した。
「…それじゃあ、やっぱり ダメだな」

「……お前の望みは一体何や」
 そう訊いて欲しいだろうと思い、こいつがしたように問い掛ける。
 七原は笑顔で言う。
「お前には分かれないものだよ」

「…俺に、憎んで欲しいか」
 俺の脳内は静かなのか烈しく逆巻いているのかはたまたそれ以外なのか解らない。
 とりあえずこいつの先刻の質問を繰り返すと、俺と違い七原は頷いた。
「ああ。 俺は憎んで欲しいよ、お前に」
「……七原?」
「なぁ、どうしたら憎んでくれる?」

 どうしたら憎んでくれる?
 そう訊いた理由なら何となく解る。
 こんな状況、当然 憎んで欲しいからだ。
 この場で一番精神に楽を与えられる感情、それは憎しみだろうから。

 こいつが俺を殺せば俺はこいつを憎むのか。
 そうしてこいつは、以前俺がこいつにそう言ったように。 俺の想い、俺のこれまでの人生、そしてそれを奪った重みを。
 全て背負って生きて行ってくれるのか。
 忘れることなく。

 ここまで想っておいて俺はこいつが何をしたらこいつを憎むことが出来るのだろう。

「…お前、一体どんな告白やねん」
「告白か。…そうなるか」
「ほんま甘いな、こんな状況に」
「何言ってんだ、苦いよ」

 苦い。
 その通りだ。
 憎しみでこそ楽になれるのに。
 俺はこいつが何をしたらこいつを憎むことが出来るのだろう。
 その前に俺はこいつを憎むことが出来るのだろうか。 その逆は。

 隣に座る七原は笑っている。
 頭には眩しいほど白い包帯が巻かれていて痛々しい。 俺の方がずっと傷を負っているのにチクショウめ。

 いつ爆音が響いてもおかしくない地。
 俺の脳内は静寂か逆巻いているのか。 本当はもう大分前から面倒になって来ている。 目的が自分を生かすことじゃないからだ。 そう目的が俺自身が生きて帰ることじゃなくなった時点で大層面倒になった。

 隣で笑うこいつの頬に手を伸ばそうと思ってみる。
 でもすぐに両手が黒い物体で塞がれているのを思い出してやめた。 全く、チクショウめ。







end.




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サイト8周年記念!「空的なお題でSS」で、「嵐」テーマのSSでした。どこらへんが?という質問は受け付けておりません^^^^

まさかこれが来るとは思わなかったと思います。BR・バトロワ!小説版にしたかったんだけど頭の中に藤原君と山田さんが出てきているので映画バージョンになりました(笑)
大好きなんだよ川七…!かれこれ6年ぶりくらいに書いたんですがヤベー凄い楽しかったです(*´∇`*)

 09.09.09


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