断片の集 不可と知りつつ 月と陽の
            永くありしを 請ひつつをおる




完全手前に向かい行く





「あ、神楽ちゃん。 今日の月すごい綺麗だよ」
 仕事を終え万事屋へ帰る頃には、すっかり日は沈み月は高く上り、夜になっていた。
 二人並んで歩きながら、不意に雲間から現れた月を指差して新八が言う。
 その指差す方向を見上げると、満月に少し足りないくらいのまるい月が照らしていた。
 漆黒の空、灰緑の雲、そしてそれを月明かりが照らし白んでいる部分。 「綺麗」とは月自体の美しさは勿論、この周りにある全てを含んでいるんだろう。 「おお〜本当アル!」神楽も感嘆の声をあげる。

 今回の仕事は銀時抜きで、新八と神楽二人で当たった。
 銀時が風邪を引いてしばらく静養を余儀無くされているからだ。
 今では銀時がいなければ何も出来ない二人ではない。 依頼にもよるが、今回の依頼は旅館の仲居の手伝いというものだったので、二人で十分に間に合った。
 繁盛している旅館は予想以上に忙しく仕事内容も雑多で、終える頃にはすっかりこの時間になっていたのだが、繁盛していただけあって報酬も弾んでくれた。
 そのこともあり二人は上機嫌で旅館を後にし、現在万事屋に帰る途中。

「銀色の月アルな」
「本当、珍しいね」
「銀ちゃんの月アル」
 歩く足は止めずに空を見上げながら、神楽が笑みながら言った。
 そうだねぇ、とのんびりと返しながら新八は横を歩く神楽の、銀の月を見上げる横顔を眺める。
「……」

 この娘にとって、銀時の存在がどれだけ大きいかということを、事あるごとに実感する。
 以前銀時が記憶を無くした際、自分達を枝、銀時を木と称されたときも「ずっと木といる」そう言っていた。
 彼女が地球に来て最初に関わったのは真っ当な世界に生きていないならず者達だったが、まともに会話し、人間らしい触れ合いを最初に持ったのは万事屋と出逢ってからだ。
 取り分け銀時は、いい加減なようでいて面倒見が良いし、また夜兎族である神楽をも護り、頼られるほどの強さを持っている。
 母星の実家では家族のことで寂しい思いをしていた神楽だからこそ、銀時を家族のようで父とも兄とも言えない、特別な感情で慕っているのは新八もよく知っていた。

 銀の月光に照らされる神楽の横顔を眺めながらそんなことを考えていた新八だが、「そう言えば」ふと思い出したように呟き、再び視線を月に移した。
「神楽ちゃん、月の中に浮かんでる影、何の形に見える?」
「影?」
「月の表面のボコボコした部分、クレーターって言うんだけどね。 それが影になって、人によって色んな形に見えるんだよ。 神楽ちゃんは何に見える?」
 新八の話を、蒼の目をくるくるさせながら聞き入っていた神楽が、「そうアルねー」と腕組みしながら考える。
 そして数秒後、「分かった!」とポンと手を打った。
「おにぎりとたくあんとお茶漬けに見えるアル!」
「……神楽ちゃん、お腹空いてるんだね…」
 実に彼女らしい答えに、微笑ましいとは思えど新八がはぁと盛大に嘆息する。 シルエットで判別出来るたくあんとお茶漬けってどんな形だよ。 と突っ込むことも忘れずに。
「そう言う新八は何に見えるアルか」
「僕はね、ウサギに見えるよ」
「ウサギ?」
 神楽の方を向いてにこにこと答える新八に、神楽が目を丸くした。
「月にはウサギが棲んでるって言われてるから…それでかもしんないけどね。 だから月とウサギはいつも一緒って言うイメージ」
「……」
「ウサギと言えば夜兎族の神楽ちゃんだから…あの月は万事屋月だね」
 ふふと新八が笑う。

 『月とウサギはいつも一緒』言葉的にはそれは間違っているのだろう。 ウサギが月を住処としているのなら『一緒』と言うのはおかしい。
 新八の言葉の意図を分かっているのかいないのか、神楽はただ無言で銀の月をじっと見詰めた。
 そして今度はゆっくりと視線を新八に移して口を開く。
「あの月、満月ではないアルな」
「そうだね、九分って所だから…明日か明後日には満月になるだろうね」
 微笑みながら返す新八に、神楽が半眼で嘆息した。
「そんなコト言ってるんじゃないアル、このダメガネ」
「え?何でそんな辛辣な批判浴びてるの僕」
 毒舌を浴びるのはいつものことだが、相変わらずタイミングが掴めずに心の準備が出来ない。 まぁそれも慣れたけれど。
 心中で新八が苦笑する。 神楽はそれきり何かを考えているようで何も言わない。
 そして神楽の小さなコンパスに合わせてゆっくりと歩いていた帰路も終わり、万事屋に到着していた。
 名残惜しそうに月を見ている新八をよそに、神楽はさっさと足を動かして二階への階段を上る。 急に態度の変わった神楽を不思議に思いながらも、新八が慌てて後を追った。


「ただいまヨー」
「ただいまァ」
 ガラリと扉を引き、中に入ると奥から「おう、お帰りー」という声が聞こえて来た。 わん、という可愛らしい吠え声と共に定春が尻尾を振り、それが畳みに当たってばしばしと音を立てるのも聞こえて来る。

「ふー、やっと到着だね!お疲れ、神楽ちゃん」
 草履を脱いで綺麗に揃えながら、新八が疲れを少しだけ隠しきれていない笑顔で、それでも溌剌と言った。
 そして神楽より一足先に居間に入り、そこに居た銀時に「ちょ、銀さん何で起き出してるんですか」と早速目尻を吊り上げる。
「遅かったじゃねぇの。 やっぱお前らは銀さんがいないとダメだね〜」
「そんなんじゃないですよ、ただ忙しかっただけ…って、何でアンタ病人が起き出してソファに座ってアイス食べてるんですか!こんな夜から!!」
「あーあー帰って来た早々うるせーなァ」
 額に冷えピタを貼り付けたままカップアイスを木のスプーンで突いている銀時が半眼で嘆息した。 そして疲れて帰って来たはずが更に説教を続けようとする新八。
 その様子を神楽が柱の横で寝そべっている定春を撫でながら眺めている。

「……これで満月アルな」
 ふと神楽が呟いて、クスリと笑んだ気配がする。
「え?」
 新八が目を瞬いた。
 横に目をやると、先ほどと変わらずに『万事屋月』と称した銀の月がウサギの影を抱いたまま、窓から覗いている。 それは少し満月には足りない形ではあるものの。
 今この場所では、いつもの『万事屋』三人と一匹が空間を共有している。
「……あ、」
 神楽の言葉の意図を理解して。 新八が嬉しそうに笑った。







end.




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サイト8周年記念!「空的なお題でSS」で、「月」テーマのSSでした。
色々考えたけど、真っ暗な中に浮かぶ月…というかっこいい感じじゃなくてホンワカしたようなのが書きたいなってことで、万事屋ファミリーに決定。

万事屋ファミリーって最高だと思うんだけど、神楽と新八が仲良しなのが物凄く微笑ましくなります。
銀新はまぁ、熟年夫婦でそういうのを超越した感じで(笑)

 09.09.09




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