会えたから離れられる。
 でも逆の保証なんて無い。













                        シーユーアゲイン













 普段と変わらない、初夏の日差しが眩しい晴れの日。
 真選組の稽古道場は、剣術訓練で賑わっている。
 木刀と木刀が打ち合わされる高い音と、気合の掛け声で活気溢れる中、
 沖田は隅で素振りの振りをしながら、いつサボりに抜け出すかの算段を企てていた。

「んだその屁っ放り腰は! オラそこももっと根性と気合入れやがれ!!」
「あーあー土方さんは今日も熱ィや。 ただでさえ暑いってのに…」
 涼しい顔で肩を竦めながら、集中が他所に行っている土方の目を盗んで道場を抜けようとしたとき。
「隊長〜、沖田隊長〜!!」
 隊員の一人が大声で名前を呼びながら駆け寄って来た。

「副長、沖田隊長知りませんか?」
「あー?あいつなら隅っこで……って、どこ行きやがる沖田ァ!!」
 コソコソと出口に向かう背中に土方の怒声が飛ぶ。
「…ちっ、運が悪ィ」
 小さく舌打ちしながらトボトボと稽古場に戻ると、自分を呼んだ隊員を不機嫌そうに見やる。
「…で、何でィ? あとちょっとだったのに」
 後半の言葉に土方の額に青筋が浮かんだが、無視する。
 隊員は沖田に真っ直ぐ向き直り、
「隊長に客ですよ。 あのいつもの万事屋の銀髪の奴です」
「へぇ、あの旦那が俺に?」
 少し驚いたように沖田が目を丸くした。
「…ま、どっちにしろ助かり〜っと」
 ヒヒッと悪戯に笑って土方を見やると、その脇を通って応接室に軽やかに足を向ける。
 その後ろ姿を舌打ちして見送ると、土方は再び稽古で打ち合う隊員達に激を飛ばし始めた。


「どうしたんですかィ旦那? せっかく真面目に仕事してたってのに」
「お前が真面目に仕事してたら今頃大雨だっつーの」
「こりゃ酷ぇや」
 くくっと喉の奥で笑うと、応接室のソファに座る銀時に向かい合うように腰を下ろす。
「…で、用件ってのは?」
「神楽が故郷に帰るんだってよ」
「…は?」
 およそ予想もしない銀時の言葉に、沖田の顔が固まった。
「あの破天荒親父が大怪我したらしくてな。 やばい状態らしい。
 見舞い目的だが、状況と場合によっちゃーそのまま戻って来ねぇんじゃないかって思ってる」
「……………」
 いつになく真面目な銀時の言葉。 どうやら冗談ではないらしい。
 沖田の脳裏に、あの以前街を相当に破壊した親子の姿が交互に浮かんだ。
 あのサイボーグのような父親が、とても怪我などするようには思えない。
 だからこそ、重大なのだろう。

「…ヘェ、あのチャイナが…」
 ぼんやりと沖田が呟く。 機械的に言葉を述べた銀時は、その声同様、表情も読めなかった。
「んで、旦那はなんでまた、それを俺に伝えに?」
 至極もっともであろう疑問。
 それを吐いたのは、恐らく僅かな動揺でも悟られたくなかったから。
 そんな沖田の心情を知ってか知らずか、銀時は何気ない表情で肩を竦めた。

「別に。 ただなんとなく」
 そう言って よっこらしょ、と腰を上げる。
「あいつ、出発明日の昼だから。 送りたかったら行けば?」
「だから何で俺が…」
「さぁ? それはお前が知ってんじゃね?」

 どこか面白そうに薄ら笑みながら言い残して、銀時は帰って行った。

「………何でィ、ありゃ」

 応接室に一人ぽつんと取り残された沖田は、首を傾げてソファに寄り掛かる。
 せっかく抜け出して来たのだ、稽古場に戻る気は毛頭無い。


「……………あのチャイナ…」
 呟いたところで思考は止まった。
 そして自分の持つ彼女の認識など、さして多くも深くも無いことに気付く。

 頻繁に会うわけではない。
 大した話をした記憶もない。
 彼女のことなど何も知らない。
 そう、その認識など、多くも深くも無い。


 けれど


 その存在は







「……………何でィ、そりゃ」

 そこまで思考が降りて来て、不意に笑いがこみ上げてきた。
 そして後は、明日の昼考えようと決める。
 明日会いに行くということは、考えるまでもなく決まった。

 彼女がいなくなるということ、それがどういうことか
 自分の中の彼女とは、それがどういうものなのか

 よく分からないが、
 分からないから、
 とりあえず会うこともなくなる最後の機会に、確かめてみようと漠然と思った。


















 いなくなると、 会えなくなると聞いたとき、
 不意に襲ってきたのは空虚さだった。

 既にいなくなってしまった人間を想うような空虚さ。
 激しくはなく、かといって冷静で過ごすこともできない感情の揺らめき。
 それにある種の気持ち悪さが湧き起こってきた。
 でも頭では、それが他人のものであるように、興味深く観察している自分がいる。

 その感情の源泉、それが一体どこにあるのか? どこに帰すのか?

 それを知りたいのは自分だ。

『もうあえなくなるかもしれない』



 悲しみは、まだ無い。














 宇宙船着場のロビーには、時間的に人の波が騒然とひしめき合っていた。
 隊服でだるそうに歩く沖田を、周囲の人間がチラチラと視線を送って通り過ぎて行く。
「さて…どこらへんにいるか」
 言いかけて、すぐに発見できた。

 固まって佇む、三人と一匹。
 奇妙な絆で結ばれた、奇妙な四体。

 その中に入っていくのは気が引けて、少し離れた場所で様子を見ることにする。

「神楽ちゃん、それじゃ…しっかりね。 お父さんきっと大丈夫だから」

 新八が風呂敷包みを神楽の首に結びながら声を掛ける。
 恐らく包みには酢昆布が大量に入ってるんだろう。
「うん……」
 どこか上の空に頷く神楽に、銀時は何も声を掛けなかった。


 すぐに帰って来い、とも言えない状況。
 でもさようなら元気で、とも言えないんだろう。


 普段共に居る彼らでさえそうなのだ。
 言葉は手持ち無沙汰。
 人の命が、これからの日々が掛かっていればなおのこと。

 普段共に居る彼らでさえその状態。
 一体自分はどんな言葉を掛けろと言うのか。
 何を問いに来たのか。

 ボンヤリと考えていると、二人と一匹を残し、神楽が歩き出した。
 搭乗口に向かうのだろう。
 まだ宇宙船の発射時刻には暇があることを確認し、沖田も神楽を追う。




「おい、チャイナ」
「!…」
 搭乗口を潜る直前で声を掛ける。
 振り向いた神楽は、意外に無表情だった。
 もっと悲しげな顔をしているのかと思った。

 それは、この出発が別れだと思っていないからか。
 またすぐに帰ってくる・そのつもりだからか。

 それは尋ねてみなければ分からない。

「何でお前がここにいるアルか」
 声を掛けたきり何も言わない沖田に、神楽が半眼で言う。
「別に。 最後に顔見といてやろーかってな」
「いらないお世話アル」

 最後・という言葉には無反応。
 即答された「いらないお世話」
 それは この会話が最後だと思っていないからか。
 彼女にとって自分が取るに足らないものだからか。

 それは尋ねてみなければ分からない。



「故郷に帰ったら そのまま戻って来ないつもりで?」
「………」
 答えは返ってこない。
 その沈黙は肯定か。否定か。 それともわからないのか。

「…………」
 神楽同様、沖田も黙りこくる。
 そしてそのまま、ゆっくりと神楽の姿を視線でなぞった。



 こいつが嫌いだった。
 それも面倒なことに、無視できない「嫌い」だった。

 こいつが持つ、どこか甘いと感じてしまう
 血の臭いが嫌いだった。






 今この場で、この会話が最後だったらどうだと言うのだろう。
 自分は嘆きたいのか。
 それとも何も思わないのか。
 目の前の この心穏やかでいられない人間の小さな手を、握りたいのか。
 そしてそのまま離したくないのか。



 それは自分に尋ねてみなくては分からない。
 けれど相手の方に問うてしまった。



「俺にとって、お前がいなくなるっていうのは どんなことなんだろーな」
「私は清々するアル」

 自分のことを問うたのに。
 相手は自身のことを答えてきた。
 心の中で苦笑する。

「俺にとって、お前と会ったことっていうのは どんなこと なんだろな ?」
「…………」


 嫌いと感じること。
 自分の中で不快な感情が入り混じること。
 穏やかではいられなくなること。
 その取るに足らない存在が、
 強くも多くも認識していない その存在が、

 気付けばこんなにも重く強いこと。



 それを伝える理由が思い当たらない。
 相手がぼんやりと、でも真っ直ぐ自分を見つめ返すこと、
 けれどその心を伺い知ることができないこと。





「あーあ、……もう少し時間が欲しかったってことかィ」
「?何言ってるアル」


 時間が足りなかった。
 思いが、想いが近づいて、重なるまで。



 そういうことだ。






 いなくなっても死なない。
 離れたらたぶんいつかは忘れる。
 会わなくとも損はなかった。

 それだけだ。



 ただ、今
 手を繋げたらと思ってること。
 もし手を今繋いだなら
 離したくなくなってしまいそうだと感じていること。

 それだけだ。




 ぎゅっと握りしめた手が熱い。











「お前の名前何て言うんでィ?」
「何アルか急に」
 さっきから、と言い足して神楽は嘆息する。

「別に。 覚えといてやろーかと」
「神楽アル」
 色々と面倒な言葉を返してくるかと思ったが、相手は即答した。
 そのことに少し驚いた。
 もちろん名前なんて知ってた。 呼んだことがないだけで。

「ヘェ。じゃ、俺の名前も教えといてやろーかィ?」

 これでまた、相手の憎まれ口が生まれるかと思った。
 そして言葉が続けばそれも良いと思って。
 けれど相手はまた即答、

「どーせ忘れないから必要ないアル」


「………」

 その言葉を聞いて、ただただ感心してしまった。
 なるほど、そんな選択肢もあったか。




「大体お前何しに来たアル。 こんな所まで…」

 言い掛けたところで、 この声をもう少し聞いていたいと思ったところで。
 乗船のアナウンスが響いた。

 言葉の続きを言う気もない様子で、「じゃぁな」と短く言うと、神楽はゲートに向かった。


「…………」






 最後に会いに来て、言葉を交わして。
 別れを告げる。
 それだけだと思っていた。

 予てから自分の抱いていた感情の正体、それに気付いたとしても。
 それだけと思っていた。
 気付いて、それで終わる。
 もう先など無いのだから。

 会うことで始まり、そして別れることで終わるのだと。


 なのに今。
『これから』を請う自分。










「また……会えたらって 思ってるんでィ」


 切実でも願いでも何でもない。
 ただ単純に思ったこと。
 叶わなくともそれはそれ。
 叶ったときの感情もまだ想像つかない。

 けれど、神楽には予想しなかった言葉。
 振り返り、神楽は一瞬目を丸くした。

 そして「…」ふっと笑って、ゲートに足を一歩踏み出す。
 一歩踏み出して足を止め、前を向いたまま返された言葉は





「覚えとくアル」















 その言葉に、沖田は嘆息交じりに笑う。






 それが結論だった。

 正確には、はじまりの結論。










   終








3周年企画でいただいたお題、「シーユーアゲイン」(銀魂文)でした〜!
銀新でいこうか悩んだんですが、結局沖神になりました。
なんか、私にとっての意外ですね、この内容。
沖神は書いてると一人歩きするから面白い…!

素敵なお題、ありがとうございました〜!(*´∇`*)




06/07/07


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