どうせ同じ世界にいるのなら
いつかは隣に並んで名前を呼んでもらえますように












  + ハローグッドバイ +


















「ねーねー新八。 今日のご飯は何アルか?」

 スーパーの野菜売り場で、ジャガイモを両手に取って見比べている新八に、神楽が無邪気に訊いた。
 少しでも質が良く、少しでも値段の安いものを見極めようとすっかり主婦根性が板についた新八は、うーんと唸りながら
「今日は…肉じゃがか煮物、どっちにしようかなぁ…」
 答えながらも、ジャガイモやニンジンを買い物カゴに入れ、それでもまだ名残惜しそうに売り場に残ったジャガイモに目をやっている。
「相変わらず煮え切らない男アル。 だったら半熟オムライスデミグラスソース、400g松坂ビフテキ乗せに決めてしまうヨロシ」
「神楽ちゃん、そういうリクエストは僕じゃなくて銀さんに言おうね」
 はぁと大きく嘆息し、新八が切なげに言った。

 対する「銀さん」といえば、スーパーに入った途端に別の売り場へと足を向けて行ってしまった。 言うまでもなくお菓子売り場に行ったのだろうが。
 大の大人が目を輝かせてお菓子を選んでいる様子を頭に描き、新八が更に深い嘆息をする。
 そしてなぜかずっと隣にいる神楽に向けて笑いながら、
「神楽ちゃんもお菓子選んで来て良いよ?」
 と述べる。 でも一つだけね、と釘を刺そうとしたところに、声を掛けられた。
「新ちゃんそれってエコヒイキー」
「っ、何が贔屓ですか」
 子どものように口を尖らせる銀時に、新八が半目で言う。
「俺のときは文句しか言わないくせに神楽んときだけ笑顔で『お菓子選んで来て良いよ?』って! えこひいきする母ちゃんなんて親として最低だな」
「誰が誰の母ちゃんだよ。 それに僕は別に贔屓で神楽ちゃんにだけ言ってるわけじゃないですよ」
「じゃあ俺もお菓子選んで来て良い?」
「駄目です」
「おまっ…言ってるコト違うじゃねぇかァァ!! 言ってることコロコロ変わる母ちゃんなんて最悪レベルじゃねーか!オメー今俺ん中でどんどん不名誉な称号がついてきてっぞ!」
「アンタの持病ほど不名誉なモンはねーよ!」
「………ッ!!」

 そんなこんなで結局は銀時の完敗、神楽は項垂れる銀時に見せつけるように明●の板チョコを手にし、夕飯のメニューも肉じゃがに決まり、万屋一行は三人並んで帰り路に着いた。

 陽もすっかり傾き、三人の並んだ影が伸びて行く。
「あーあ、新ちゃんのケチ」
「だからケチとかじゃないですってば!」
 意地悪で銀時にお菓子減量をさせているわけではない。 断るこちらもそれなりに心痛めるのだ。
 それを少しは分かって欲しいもんだと新八も嘆息する。
 横では神楽が自分だけ買ってもらったという優越感に浸ってすっかり上機嫌である。
「逆立ちして3回回ってワンと鳴いて工場長兼かぶき町の女王って呼べばひとカケ恵んでやるヨ、銀ちゃん」
「給料見合ってねーよ! 足元見やがって…半分いや1列恵んで下さいコノヤロー!」
 言いながら銀時が神楽の手からチョコを奪おうとした時。


「よォ。 相変わらずバカっぽいな」
「!オメーは…」


 黒髪に、威厳を感じさせる黒い隊服。
 煙草を咥えながら気だるそうに、真撰組副長が近付いて来た。

「悪ィな、お前の分のチョコはねぇよ」
 至極真剣な顔で述べる銀時に、「いるか」とスッパリと会話を切り捨てると、土方は躊躇った後、少し言い難そうに言った。

「ところでお前ら……総吾の奴を見なかったか?」

「「……は?」」
 銀時と新八の声が見事に重なった。
 そして次の瞬間、吹き出したのは銀時。
「ぶわっはっはっは! 最近の幽霊騒ぎの次は迷子探しですか! 大変でちゅね天下の真撰組の副隊長ちゃまは〜ぁっはっはっは!笑ってやれはっはっは!」
「ッ黙れ! 斬られてぇかこの野郎!!」
 指を指して笑う銀時に、素直に額に大きな青筋を浮かべ刀に手を掛ける土方に、慌てて新八が声をかける。
「で、でもホント何でまた…子どもじゃあるまいし、迷子なんかで…」
「迷子じゃねーよ、チビ。 ……なんか最近 様子が変だったもんでよ。 今日の朝急にフラリと出てったまんま戻ってこねーんだよ。 俺はどーでもいいんだが局長が探しに行けってウルセーもんでよ」

 普段ならば、新八の言うように子どもではないのだから放っておくのだが。
 何やら本当に最近は様子が変なもので。
 いつも変だと言われれば正しく相違ないのではあるのだが、要は何だかんだ言って土方も沖田のことが心配なのだ。
 もっとも、そういう事実は今までも、これからも永遠に表に出すつもりはないが。


「…ま、知らねーんなら仕方ねぇ。 邪魔したな」
 不満そうに舌打ちすると、また新たに煙草に火を着けながら、土方は相変わらず気だるそうに足を引き摺りながら去って行った。

 その背中を見送りながら、銀時と新八も不思議そうに首を傾げた。
「なんだったんでしょーね」
「全くだな」
 しかし次の瞬間、今までずっと黙りこくっていた神楽が急に顔を上げ、

「銀ちゃん、私急用を思い出したアル。 二人は先に帰ってて」

「は? オイちょっと待…」
 目を丸くする銀時の制止も聞かず、そのまま神楽は明後日の方向に走り去って行ってしまった。
 相変わらず足が速く、あっと言う間に街の影に消えてしまう。
 残った銀時と新八の二人は、ポカンとただそれを眺めているだけで。
「…なんなんだ、どいつもこいつも」
「全くですね」













 不思議と、どこへ行けば良いかは分かっていた。
 ここ最近、よく考えるようになっていたこと。
 何をしていても、銀時や新八と話をしていても、共にご飯を食べていても、定春と散歩をしていても、いや、誰かと一緒にいて、楽しいと感じていればそれと同時に、胸にどこかモヤが掛かって晴れなかった。
 それはたぶん、最近やたらと縁があるのか、真撰組とよく繋がるようになってからだ。

 行き着いた先は、定春と散歩のときはいつも通る河原。
 ずっと走っていたからと言って息が上がるわけではない。
 ただ、不安や不満、漠然とした不快感から胸の鼓動がうるさかった。

「おまえ、むかつくアル」
「…! ……いきなりご挨拶でさァ」

 探していた人物は恐ろしく容易く見つかった。
 橋の下の石に腰を下ろし、ボンヤリと河を眺めていた沖田は神楽の姿を見止め、少し驚いたように目を見開いた。


「こんな所で何一人黄昏てるアル」
「最近俺ン中黄昏げなもんで」


 神楽が近寄り、その目を覗き込む。

「…」
「…?」


 やっぱり、居た。
 そして恐らく彼も、自分の目の中に自分の姿を見止めたことだろう。

 自分の中にモヤがかかったのは、恐らく会った瞬間。
 自分の中のモヤに気付いたのは、恐らく最近。
 じわじわと少しずつ濃さを増して行ったそれは、その原因は、互いにあるんだろう。

「おまえのコト …あいつが探してたアル」
「…局長も多串君も 見かけによらず心配症で困りまさァ」
 そう言ってヤレヤレと小さく首を振る。 自嘲気味な笑みを浮かべて。


 『自分のことを探していた』
 その言葉だけで、その人物の顔が頭に過ぎるということは、どれほど贅沢なことだろう。
 どれほどその人物に寄り掛かっていることだろう。


「おまえむかつくヨ」
「さっきも聞きやした」





 自分のことも、昔のことも、これからのことも、自分の望みのことも、
 周りへの感情も思いも、自分の立っている場所も、手にした武器も、
 それを持つ手の血の匂いも、何もかも。

 曖昧のままで、自分の居場所を空けてくれる人間達の中というのは、どれほど暖かく、居心地が良く、自分への情けなさが募ることだろう。
 でもそれすらも 曖昧のままで。

 それを全て赦して 見ない振りをしてまで笑い掛けてくれる人間達の中で、腰を据えて。



「甘え過ぎアル」

 言う。
 自分自身への叱咤のつもりで。


「…そういうアンタも あの旦那やメガネ君にいつまで無償で凭れ掛かってるつもりですかィ」

 聞く。
 彼自身への叱咤のつもりを。


「……うるさいアル」
「そりゃ失礼しやした」


 何より大切だと思える空間の温もりすら、素直に受け入れられないで罪悪感を抱いて。
 同じようにしている相手に どこか共感して、故に反発して。

 何もかも曖昧のまま、それすら受け止めてもらえる相手に甘える姿が
 まるで自分を見るようで。
 否、それが自分自身の姿だから。




「考えてるコトは大体一緒みたいですねィ」
「…おまえと一緒にするなアル」

 目を合わさずに言う神楽にバツの悪そうに笑みを浮かべ、沖田もすっかり藍に染まった河の流れを眺めながら、






「……でも、いつか、―――」






 言葉を切った沖田に神楽が「何アルか」と促したが、沖田は
「お迎えですぜ」
 ニヤリと唇の端を上げ、意地の悪い笑みを浮かべて言った。
「?」
 その言葉に首を傾げると、自分の名を呼ぶ声が聞こえた。
 急にいなくなったことに心配したのだろう、銀時が探しに来たのだ。
 その声はどこか気だるげで心配などカケラも感じさせないが。



 ああ、どこまで同じなんだろう。


 橋の下を離れ、声のする方に走って行こうとしたが、ふと先程の沖田の言葉が気になって振り返る。
 すると沖田はその様子を察したように、

「忘れちまいやした」


 普段彼がする意地の悪い、何か含みのあるようなものでなく。
 きれいな笑みだった。

 無表情にそうとだけ思い、神楽はそれ以上何も言わずに、踵を返してそのまま銀時の元へ駆けて行った。








「…さ、俺も帰りますかねィ」




 甘えるだけの場所じゃなく。
 肩を預けるだけの場所じゃなく。

 帰って来ても良い場所、じゃなく。


 帰りたい場所。









「ったく、ドコほっつき歩いてんだよ、 こんな遅い時間までー」
 全く怒っていない声で、怒ったように銀時が言う。

 そんな態度も想通りで、神楽は心の中で笑った。

「新八は?」
「メシ作って待ってるってよ」


 何もかも想像通りで。
 自分が望むままで。
 自分はあの空間に座っているだけだ。

 寒ければ暖かい場所を、
 お腹が空けば食べ物を差し伸べてもらえる場所を、

 捜し歩いていて、恰好の場所だったのがあの場所だ。




 でも気持ちは違う。




 居ても良い場所じゃなく。


 居たい場所。








 でも、今の自分は。 今の彼も。









「…なぁ。 神楽ァ」
 銀時より少し後ろで、黙ったまま歩く神楽に、銀時が前を見たまま声を掛ける。
「?」

「新八がよ。 お前の手伝いが無いとメシ準備すんの大変だから…早く連れて帰れって 言ってたぜ」
「―――…」
「そーゆーモンなんだよ、お前が…お前らが いくらゴチャゴチャ考えてたって、」




 もうお前ら それぞれのポジションつーのに、ちゃんと居んだからよ。





 笑いもせずに、ただ無表情にそう言って、二歩後ろに下がって。
 歩みを止めた神楽の頭をがしがしと撫でて、また歩き出す。



「…銀ちゃん」
「あー?」
「さっき買ってもらったチョコ、半分あげるヨ」
「マジ!? ありがとうございます神楽様!!!」




 ふと 自分と同等の場所にいる「彼」を思い浮かべてみるも。
 きっとどこまでも似ている自分達だから、
 同じ気持ちでいるんだろう。





 少し前にある、銀色に目を細めてみる。








 どこまで包んで、受け止めてくれるつもりなのか。
 そう思うと、

 胸が少しだけ痛んだ。


 でも、いくらでも埋まるはずだ。





 嬉しさと幸せによって傷が埋まるものだとして。





















  終







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大好きサイトさまに無理やり押し付けさせていただいたSSv(…)
初の銀魂であります… なんてーか、難しいです、すんごく。
一文かく度にこんなに違和感にうんうん唸ったのって初めてかもしんない。
でも愛はたくさん溢れてるんで!
これからも精進しつつたくさん愛注いでいきたいです〜(*´∇`*)

近藤=銀さん
土方=新八
沖田=神楽
で。
みんな色々あって当たり前だし、それぞれに凹んでるんだろうけど、沖田や神楽をつい甘やかしちゃうのが近藤さんと銀さん。
そんな自分にむかつきながらもつい甘えちゃうのが沖田と神楽。
んでそれを全部知ってて仕方ないなぁと思いつつも気持ち良く許して見守ってる感じなのが土方と新ちゃん。



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