どうか幸せだと言って
 それを その声を わたしの幸せとするから













            セルリアの鼓動












 それは、魔導注入の実験の頻度が日に日に多くなって来た頃だった。



 腰を下ろすとぎしと鳴る固い椅子に座らされ、機械的に腕を出す。
 そろそろ注射の痕が消えなくなって来た。
 緑だったり紫だったり、まばらの色に輝く魔導濃縮の液体。 それを注射されてしばらく休まされ、安静時と戦闘訓練時の体内の魔力の変化を記録される。
 あまりに慣れ過ぎた日々。 なぜこんな日々を続けているのか、そんなことに問い掛けることはなかった。
 帝国で生まれ、帝国に仕える家に生まれ、そして帝国に仕えている。 魔導の才を認められてこうして魔導の注入の被検体にされ、そして魔導戦士となった。

 何にも問い掛けない私は、常に何かに問い掛ける彼の気持ちがあまり理解出来なかった。

「セリス、最近君が配備される戦地は危険度が増してやしないか?」
 眉を寄せながらケフカが尋ねる。
「それだけ重要な任務を与えられているということ。 光栄に思うわ」
「さすが、常勝将軍は頼りになるな。 でもくれぐれも気をつけなよ。 僕は最近の皇帝の過度な実験には少し疑問を感じてるんだ…」

 何にも問い掛けない私は、魔導の注入に成功したのに。
 常に問い掛けていた彼は、失敗した。
 過度の魔導が神経に作用して、心が壊れてしまった。

 私達は「死地」としか呼べないような場所にばかり赴き、皇帝の意のままに剣と魔法を振るった。
 敵陣で傷付き、癒されて再び戦場へ戻される。 そしてまた剣を振るう。
 敵陣の真ん中で敵を引き付けている間、頭上から熱線が降り注がれることもあった。
 意識が数日戻らないような怪我でも、手足が飛んでしまうような怪我でも、癒される。 そしてまた戦場に送られる。

 そして私はいつしか、眠る間に夢ばかり見るようになった。
 怪我をして意識を失えば、魔導の培養液の中で目が覚める。
 体質がそれに慣れてしまった私はそれで体力も魔力も癒えるが、彼は違った。
 傷つき、それを癒される度に彼の精神にとっては毒でしかない魔導を傷口に摺りこまれて行く。

「最近夢ばかりみるの」
「どんな夢?」
「青空の夢。 変よね、帝国では空は澱んでいるから、小さな頃から青空なんて全然見たことないのに。 なのに、とても暖かくて懐かしい青空が広がっている、残酷なほどに悲しい夢」
 そんな夢を見た後は、決まって息苦しさで涙が止まらなかった。
 不安と痛み、そして羨望。
 あの青空に私は拒絶される。
 迷子の幼い子どものような感情になる。
 そう言うと「夢なら僕もいつも見てるよ」私の頬を伝う涙を指で拭いながらケフカが言った。
「計画があるんだ。 今はここにいるけど、いずれここを出て僕の世界を作り上げる」
「…?」
「この暗く光の差さない道から逃げ出すんじゃなく、全てを破壊して、その後で僕が光を与えるんだ」
「…ケフカ?」
「僕が必要だと思うものにだけ与える。 他には何も分けてやらない。 要らないものは全て壊してしまう。 僕にはそれだけの力があるんだから」
 力を懼れ、力に疑問を投げ掛けていた彼は。
 それなのに、力に捕われてしまった。

「セリス、君には全てを分けてあげるよ。 何もかも終わったら迎えに行く」
「…どうして」
「だって僕は君を、…」

 そうして、逆光で見えない彼の背中は私の視界から消えただけでなく、その心すら戻らなくなってしまった。

『何もかも終わったら迎えに行くから』その言葉を私は信じているのだろうか。
 今私の頭上に広がる、かつて憧れた枠の無い青空の中。
 濁りと純粋が溶けて混沌とした瞳で彼の言った言葉が、時々今でも降って来る。


『何もかも終わったら、迎えに行くから』


 彼の何もかもは、まだ終わらないのだろうか。
 私自身が、彼の帳を下ろすと決意した。 そのとき私はどんな顔をしているだろう。

 彼の終焉は、まだ来ていない。







   終











10/07/11

セルリアの花言葉:ほのかな思慕


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