この痛みを知らない振りをしなければならない憤りも、勿論あるのに。
 何より、
 この痛みの甘さは何だろう。



何もない部屋






 自分で望んだはずの道筋、その上をきちんと踏みしめているはずなのに。

 セシルは塞ぎこんでいることが多かった。
 卒業してからそれぞれの隊に就き、学生の頃よりも自由な時間は随分減ってしまったけれど。それでも時間を見つけては言葉を交わしていた。

 そして、その度に見つけてしまうのは、言いようのない違和感。親友に対して。

「最近嫌なことでもあったのか?」
「え? ないよ、どうして?」
 尋ねると、セシルはおどけたように言って首を傾げた。
「なんか、落ち込んでないか?」
「僕が? 笑ってるじゃない」
「顔は笑ってるが…」
 そう言う俺に、セシルはやれやれと笑って小さく嘆息する。
「…昔からずっと言ってるけど。僕は望んでこの道を選んだんだからな、カイン」
「………」
 厳しい統制の中での戦いの連続である兵業。
 優しい性格のセシルにそれは似合わないと、俺は何度も考えてきた。
 それを口にする度に、陛下の恩に報いるのにはこれしかないのだと。セシルは迷いもなく言って笑っていたけれど。
 そして、彼は望み通り兵役に就いたはずなのに。
 それならどうしてそんな張り付いたような笑顔を浮かべているんだ。そうとも言えずに俺は静かに嘆息する。
「腑に落ちないって顔してるね」
「お前は…昔から何でも自分一人で抱え込もうとするからな」
「うわ、カインにそれ言われたくないんだけど!」
「…俺はお前を分かりたいんだ」
 茶化そうとするセシルを遮るように言うと、思いのほか切実な声になってしまった。心中舌打ちする。見やるとセシルが目を丸くしていた。
「カイン、僕のこと分かろうなんて思ってくれてたの?」
「……そりゃあ、そうだろう」
 親友なんだから。
 当然そうだと思っていたのに。
 セシルは笑みを浮かべながらも、困ったように眉根を寄せた。

「僕は君に…分かって欲しいなんて思わないよ」
「…セシル?」
「そりゃ、『お前のことなんて分かりたくもない!』 とか言われたら、ショックだろうけどさ」
 はははと朗らかに笑いながら、セシルは結論付けた。
「僕のことを分かる必要なんてない」
「……それは、どういう」
 意味だ、と続けようとして言葉が詰まる。喋っていた途中にいきなりセシルが俺の顎に手を伸ばし、そのまま唇を塞がれた。
 唇が触れたのは一瞬。
 セシルは近い顔で、視線だけ見上げるようにして俺の目を覗き込む。
「――…ねぇ、」
 ねぇ、と持ち掛けたはずなのに何も言わず、セシルはまた唇を寄せてきた。俺は一瞬躊躇して、結局抗わずにただ目を閉じる。
 口元でセシルが笑ったのが気配で分かった。セシルの右手が顎から耳朶に移り、髪に触れる。
 髪に触れる手。女を相手にするならもう少し穏やかなのかもしれないが、俺の髪に触れるセシルの手は決して優しくない。指に引っかかった髪が強く引っ張られて俺は顔をしかめた。
 そして顔を少し傾げたセシルの舌が歯列を割り、ぬるりと口内に入ってくる。
「……ふ、…ッ!」
 熱い。反射的に逃げようとする舌が捕らえられ、絡めとられる。
「は…カイン…、」
「〜〜っ…!」
 唇が触れたまま呼ばれる名前の響きと、粘膜の絡む音。それらが耳に飛び込んだ途端に脳内がかっと一気に熱くなった。
 セシルの余裕のない両手に頭を掻き抱かれたまま、壁際にぐいぐいと押しやられて背中がどんと壁に当たる。
「ん、ぅ…っ」
 水音を響かせて絡みあう舌が急に離れた。その舌先を思わず追ってしまうがお構いなしにセシルの舌は俺の上顎をくすぐり、歯列をなぞり始める。
「!…ッ!」
 酸素不足と熱で脳の奥が痺れて来た頃、セシルの手が下がりシャツのボタンを外しに掛かった。
「…っ、…は、ぁ」
 奪うようなキスの果てに漸く唇が離れたときには息が上がり、途端に互いに肩を揺らして呼吸し始める。
「……おまえ、さっき…何か言おうとしてただろ」
 ねぇ、と持ち掛けられてそのままだったことを示して眉を寄せると、セシルは上気した顔でにこりと笑った。
「『ねぇ、』…僕が何したいと思ってるか分かる? って」
「………考えたくないな」
 俺は嘆息混じりに笑って、肩を竦める。
 セシルはどこか安心したような無防備な顔を一瞬だけ浮かべると、するりと俺の腕からシャツを抜き取った。
「ほら、僕のことを分かる必要なんてないだろ?」
「……」
 頬に手が伸びて、また唇が重ねられる。

 口を塞いでしまえば、言葉を堰き止めてしまえば、自分を責めるものも問い詰めるものもなくなると。
 そう考えてるんだろうか。
 答え難い、真面目な質問を俺が持ち掛けたときにセシルは決まってこうして気を逸らそうとする。
 この馬鹿野郎、とか俺は言ってやればいいのに。
 こいつにとことんまで弱い俺は結局何も言わない。
 答えの代わりにセシルのシャツに手を伸ばした。

 それが正しいのかなんて分からないけど。









end.




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本当はこの後えっちらおっちら本番まで至ってたんです。ちゅーが濃厚なのはそのせいです(笑)
あまりにもダラダラし過ぎててぽぽぽぽーん\(^o^)/となったので盛大にカットしました。

 11.04.16



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