気付いたのは、私よりもあちらの方が先だったようだ。



ジュビリー





 ここ最近はずっと忙しく、私は毎日仕事に追われていた。
 ミシディアの長(の片割れ)としての勤め、そして白魔道士としての勤め。
 私が私として求められる役割、或いは私が自分に課している役割。

 戦いの数は減ったものの世界から病気や怪我が無くなることはなく、だから白魔道士の役割も消えない。
 魔導とは自らの中に深い知識を蓄え、世の理に導かれる生き筋。 だから軍事目的でなくなったとしても黒魔道士も消えない。

 ここ数週間で各地で流行り病が相次ぎ、ポーションの不足が問題化したり。
 先週は連日の雨によりファブール近辺に土砂災害が起こり、周辺の町村が被害に遭った。
 そのときにはミシディアからパロムをはじめ黒魔道士がすぐさま応援に駆けつけ、被害は最小に留まったものの、その後村のほとんどの白魔道士も応援に遠征することになった。

 その現場での指揮を執ること。
 村に帰って来てからは資金繰りの管理をすること。
 各種書類の確認。
 そして忘れてはならない祈りの場で祈りを捧げること。

 私が私として求められる役割、あるいは 私が自分に課している役割。
 とにかく私はここ最近忙しくしていた。


「ポロム様、そろそろ休まれてはいかがですか?」
 各国に送る書類の山を前に嘆息した所を側近の白魔道士に見られ、心配げに声を掛けられる。
「そろそろって、まだお昼にもなってないわよ」
「少し顔色が悪いようですが…」
「そう?そんなことないと思うけど…」
「最近根を詰め過ぎではないかと皆が心配してますよ」
「大丈夫よ。心配させてしまってるのね…でも元気よ私は」
 書類に目を通しサインをする、一連の動作を繰り返しながら微笑む。 しかし彼女は引き下がらない。
「でも今朝、バロンに送るポーションの箱を盛大にひっくり返してましたよね」
「うっ…それは」
 痛いところを突かれ言葉を詰まらせた瞬間、いつもの聞き慣れた呆れ声が部屋に響いた。
「そんなのこいつがドジだからだろ。 体調なんて関係ないよ」
「パロム!」
「パロム様」
「全く、箱の中で瓶が割れるわ新しいの用意しないといけないわで…手伝わされるこっちの身にもなれよな」
「うぅ」
 ちくちくと刺さる弟の言葉に唸りながら、私はばさりと手元の書類を半分取って彼の前に突き出す。
「何これ」
「何これじゃないわよ。 今月に入ってからの書類、パロムの分! 予算報告書から各国への請求書から決算…はまだ早いわね。 ファブールに黒魔道士派遣させた報告書もまだ済んでないでしょ」
「めんどくさー…」
「そんなこと言わないの!長の仕事よ」
「長の仕事ねぇ」
 含みのある言い方で呟きながら、パロムは私の手から書類の束を受け取った。 そして半眼で何かを言おうと私の顔を見て、「…、」一瞬言葉を止めた。
「?どうしたの」
「おまえ、熱あるんじゃないの」
「え?どうして」
「かなり顔色悪いぞ」
「もう、パロムまでそんなこと言って…あ」
 不意に窓から入って来た風に手元の書類が飛ばされ、机の下にはらりと落ちた。
 それを拾おうと立ち上がった瞬間、ぐらりと景色が反転する。
「お、おい!」
「ポロム様!」
 二人の慌てた声が聞こえたのを最後に、私の意識も遠のいてしまった。





「……う、」
 目が覚めれば見慣れた天井が視界に映った。 長の部屋の休憩用のベッドに寝かされているのだとすぐに理解する。
 私が動いた気配を察して、遠くから「お、気が付いたか」パロムが声を掛けてきた。
 椅子をくるりと回して机に向けていた身体をこちらに向ける。
「私、倒れちゃったの?」
「あー。 全く、白魔道士の不養生ってやつ? なっさけねーなー」
「………」
 まだ具合が悪く頭痛で声を出すのも億劫だったが、何より返す言葉が無くて押し黙ってしまう。
「ま、もうちょい休んでろよ。 書類のサインは全部やっといたから」
「え…あれ全部?」
「ああ。あんなのパロム様が本気になればちょろいもんだっての」
 からからと笑いながらパロムが言った。
「あんた…どーしてやれば出来るのにそれを普段やらないのよ…」
 頭を押さえて呻くように言う私に、パロムは何も返さずに椅子から立ち上がって歩み寄る。
「側近の白魔も言ってたけど。ていうかみんな言ってっけど。 おまえ根詰め過ぎだって、長になってからは特に」
「だって! 私は… これが私の仕事で、私に求められてる仕事で…」
「求められてるって、誰がおまえにそれを求めてんだよ」
「………」
「おまえが勝手におまえ自身を追い詰めてんだろ」
「…そりゃ、パロムはこうやって、すぐに仕事もこなせるから良いわよ。でも私はそうじゃないもの」
「…」
 パロムの声からは表情が読めずに彼の胸の内は分からないが、私は言葉にしながらなんだか泣きそうになって来た。 身体の不調が精神も弱くしているらしい。

 私は求める。
 私がこの場所に居て、私自身であるだけの価値と意味とを。
 彼は求めないのだろうか。
 彼がこの場所に居て、彼自身であるだけの価値と意味とを。
 比較するつもりなどないけど。『同じ双子なのに』そんな詮無い言葉を使うのが馬鹿馬鹿しいことだとはもう何年も前に理解してる。


「今日は本当、散々な日だわ…朝からポーションの箱はひっくり返すし、祈り場での祈りもしてないし片付けも書類に目通すのも結局全部パロムにさせちゃってるし」
 ベッドの淵に座ってぽつぽつと零しながら最後に「最悪な日だわ」そう言って俯いた。
「…最悪な日…ねぇ」
 私の言葉を繰り返してパロムがぼすと隣に腰掛ける。
 その声が少し怒りを含んでいるような気がして私は首を傾げた。
「おまえ、今日が何の日か忘れてるだろ」
「…え?」
「…やっぱりな」
 そう言ってパロムが盛大に嘆息する。
「え?なに??」
「ま、仕方ないけど。 最近ずっと忙しくしてたしな」
 まだ不機嫌な声でそう言いながら、小さな包みをずいと差し出して来た。
「???」
 恐る恐る受け取ると、手の上に載せられたのはリボンで縛られた小さな包み。 ゆっくりとリボンを解いて中を覗くと、手作りだろうお菓子が入っている。
「レオノーラに作らせた。 ま、俺からやるんだから俺からってことになるだろ」
「え?え?」
「鈍いな。 まだ分からないのか?」
 呆れ返った顔でパロムが嘆息した。


 本当に鈍いと言うか、余裕が無いと言うか。
 連日の忙しさですっかり忘れていた。

 今日は私の、そしてパロムの。 誕生日だったらしい。




「最悪な日なんて言ってごめんね」
 お菓子の包みを膝に載せて笑って言うと、パロムはぷいと顔を背けて努めたような冷たい声で言った。
「ま、こんなときにぶっ倒れるなんて、確かに運が悪いよな」
「パロム、誕生日おめでとう」
「…おまえも、おめでとさん」
「ありがとう」
「プレゼントの礼は言葉でなくモノで返せよなー」
 レオノーラに作らせたと言うプレゼント。 それとパロムを見比べると自然と笑みが零れた。
「ううん、プレゼントも嬉しいんだけどね、誕生日おめでとうって言う言葉に、ありがとうって」
「はぁ?おかしくね?」
「だって言いたかったんだもの。 パロムと誕生日が一緒だから」
「そりゃ双子なんだから同じ誕生日に決まってんだろ」
「うん、だからパロムと双子で嬉しいって思ってるの」
「………」
 ニコニコと笑う私に、パロムはこれ以上何も言わなかった。
 私のような喜びを表す言葉も、普段通りの憎まれ口も。



 どうして私は、いつもこの弟よりも後になるんだろう。
 魔法の上達も。 仕事をこなすだけの能力も。
 私達が『私達』であることの意味を、その喜びに気付くことすらも。

 けれど感謝して止まないのは本当のこと。
 彼と対の存在であること、彼が彼であること。

 そして私が私であること…に感謝出来るまでは、もう少し。  







end.




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ずっと書きたかった双子誕生日話。


 10.01.04


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