ゆびさき





 誰かと手を繋ぐという形で温もりを共有すること。
 それをしなくなって、そうしあうだけの空間を失ってどれくらい経つだろう。

 言葉を交わしても笑顔を交わしても、その言葉や笑顔に偽りを包むことなら可能だと思う。
 優しい言葉や『大丈夫だ』を示す笑顔ならば、その時それが必要だ、という理由だけでそれをして見せることが出来る。
 目の前の相手を疑いたいわけじゃない。
 目の前の相手に対峙する私自身の胸の内を疑うわけでもない。
 ただ漠然と、私たちが普段交わしている言葉や見せている表情というものは、突き詰めて行けばそういうものなのだと。
 時々ふとそういう考えが頭を過ぎって、無性に孤独を感じることがある。


 私の想う、確かなつながり。
 確かな繋がりや信じるに足る温もり、私はそれがどういうものかということを知らずに、それなのに疑うことなら出来ているのはどうしてだろう。

 幼いときならば私を囲んでいた、村の人達や母が当然にしてくれた、手を繋ぐこと。
 その感触を忘れてしまっても、それは温かかったということだけは覚えている。
 恐らく私が想っている温もりはと、感触を忘れてしまっても、それでも前提として胸の中に刻まれている手のひらの温度。 私と手を繋いでくれた人達の手なら、確かに温かかったはずだ。

 そんな温もりで溢れた私の村、かつての私の世界そのものを焼き払い、そしてその後私を守り続けたセシルの手も。きっと。






「びっくりした。 カインの手、冷たいのね」

 宿を取ってそれぞれ休息している途中。
 町までの道のりで手を負傷した私は、カインに手当てを受けていた。

 少し怪我の程度の深かったエッジは隣の部屋でローザの魔法を受けている。
 私に対して僕がケアルを掛けようかとセシルは言ったが、MPを消費して治療されるほどの傷でもなかったので首を振った。
 それならばと救急用の鞄から包帯を取り出したカインが、ベッドの淵に腰掛ける私の横に座り、一瞬躊躇った後手を触れてきたときのことだった。

 普段はその手を包んでいる鋼の篭手を外した彼の手は、筋張った長い指がすらりとして、白く、そしてひやりと冷たかった。
「…そうか?」
 私の反応に、彼は小さく首を傾げる。 しかし特に手を止めることも無く、濡れた布で私の手を拭って薬を塗り、包帯を巻き始めた。
 黙々としたカインの手付きを横で眺めていたセシルが、「…でも、」思い出したように口を開いた。
「手の冷たい人は、誰より心があったかいって聞いたことあるよ」
 その言葉に反射的にカインが噴出す。
「冗談だろ」
「なんで?聞いたことあるのは本当だよ」
「俺には縁遠い言葉だ」
 迷惑そうな顔でカインは言った。
 セシルに、間接的にカインは心が温かいと言われたことに照れたわけでもなさそうで、ただ本当にそう言われることが煩わしいとでも言いたげな表情。
 二人のやりとりを私がぼんやりと聞いている間にも、着々と手には包帯が巻かれていく。
「…………」
 吹き出してきたのは寂しさと切なさ。
 彼の手はとても冷たい。 こんなにも優しいのに冷たい。 それが寂しい。
 彼の手が触れている私の手は、彼にとってどう感じられているのだろう。
 そんな考えが頭を過ぎったとき、胸の奥がざわついてふと彼の手を振り払ってしまった。
「―おい、」
 包帯を巻く途中の彼が訝って首を傾げる。
「どうした?」
「…あ…ごめんなさい。なんでもないの」
 そう言って彼の前におずおずと手を差し出すと、さして気に留める様子もなく彼は包帯を巻くのを再開した。
 そんな私とカインを、セシルが静かな目で眺めている。

「…リディアの手は温かいぞ」
 視線だけをセシルに寄越しながらカインが口を開いた。
 思わず「え?」と私が疑問の声を漏らしてしまう。
 カインは手を止めずに淡々と言葉を続けた。
「でもリディアの心が冷たいってわけじゃないだろ」
「それは勿論。僕たちの誰もが知ってるさ」
 セシルがははと笑いながら頷く。
「でもカインはさぁ、あんまり自分を出さないから…そういうジンクスでも出さないと分かってもらえないんじゃないかと思って」
 そう言って悪戯っぽく片目を瞑って見せた。 そんなセシルをカインは「やめろよ」とジト眼で見やった。


「………」

 私は考えていた。
 今この場所に居て感じたものを考えて、セシルの言葉の意味を考えて。
 私の記憶の中にある温もりのことを考えて、そして今私に触れているカインの手の温度を考えた。


「…誰かの手が温かいから、手を繋いで貰って温かいわけではないのね」
「……?」
「誰かと触れたなら、その繋がりそのものが温かいんだわ」
「…リディア?」
 カインが不思議そうに首を傾げた。 その横でセシルが小さく笑んでいる。

 手当てを終え、今は白い包帯が巻かれている私の手を彼は温かいと言った。
 それでも私の温度は彼に移ることはなく、彼の手は始終ひやりと冷たいままだった。
 けれど私の手当てをしてくれた彼の手なら確かに温かく、そんな彼の温かさを知っているセシルもまた温かく、だからこの空間には確かに温もりがあるのだと感じられる。


 私の想う、確かなつながり。
 信じるに足る温もり。
 片時でも私に孤独を忘れさせる人たち。


 薬や包帯を鞄に仕舞って片付けているカインの手をしげしげと眺める。
 その温かさに触れた私には、その冷たい指先からは陽溜まりが零れたって良いと思うけれど。
 そう言うときっと困った顔をするのだろう。セシルにするように素直に苦い顔をすることも出来ずに。
 そんなことを考えながら「ありがとう、カイン」そう言って小さく微笑んだ。
 きっと私の考えていたことは私の言葉と、表情に滲み出てしまったのだろう。私を振り返ったカインは微笑んでいたけれどどこか困ったような顔をしていた。







end.




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この三人が揃うと一番難しい空気になると思うんだよね。
リディアから色んなものを奪って孤独にしたのはセシルとカインだから(事の発端って意味で)。
だからセシル・カインと三人きりになったリディアは感慨深いものがあるんじゃないかなぁと。
恨み辛みじゃなくて、信じざるを・許さざるを得ないって風に頭じゃなくて心がそう思っちゃってるんじゃないかなぁと、そうだといいなーという私の希望。

 09.10.23


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