蒼の重ね 永日願い 切り取れど
            瞬きの遅延に 忘らるる日よ




                本日の、蒼穹に





 竜騎士としての自分だとか、訓練や軍や職務がどうだとか。
 そう言うことを抜きにしたとしても、地を蹴って空に飛び上がり、その蒼の中で少しの間の解放感を味わう時間、それはとても好きだった。


 晴れた空に発達した雲が広がり、そして陽光が空の蒼を一層輝かしくしていた、そんな日。
 学校に向かう途中、今日の演習も楽しみだなと心中で独りごちる。
 竜騎士の訓練。 地面を離れてあの蒼の中に思い切り飛び込むのは・或いは飛竜に乗って自由に風を切って飛び回るのは、さぞ気持ち良いだろうなと考えていると自然と顔が小さく笑みをつくっていた。
 すると不意に、右手をぐいと掴まれる。
「…、っ?」
「カインは空と地面、どっちが好き?」
「…は?」
 右手を掴んだのは横を歩いていたセシルだった。
 カインは空と地面どっちが好きなんだ?
 突然のことに目を丸くしている俺に、神妙な顔でもう一度同じ質問を繰り返す。
「どうした、藪から棒に…」
「だって、空を…凄く嬉しそうな顔で見上げてるから」
「……」
 どうしてそんなことをそんな顔で訊くんだ。
 そう言いたいがどう訊いていいのか分からない。
 そりゃ、空は好きだしジャンプして空中にいる間は気持ち良いよ。 セシルの表情に疑問符を浮かべながらも俺は思ったままを述べる。
「………」
「……セシル?」
「カイン、どうして僕がこんなこと訊いたのか分からないだろ」
「………」
 困ったような顔で零すセシル。 俺は無言でその言葉を肯定した。
「だろうなぁ」
「セシル…?」
「カインはずるいよ」
「はぁ?…、」
 何か問い掛けようとした途端、既にしっかりと掴まれていた右手を尚もセシルがぎゅ、と更に力を込めて握り締めてくる。
「カインが竜騎士だからなのかな」
「…?」
「そんなに、青空が似合うのは」
「…ッ、セシ」
 ぎりぎりと手が締め付けられる。 痛みに顔をしかめながらそれを訴えようとセシルの顔を見やると、セシルは何だか俺以上に苦痛に耐えるような表情をしている。 一瞬右手の痛みを忘れ、俺は困惑した。
 どうしてあのように問われたのか解らない。 この右手をセシルがしっかりと痛いほどに掴んで離さない理由も。 どうしてこいつがこんな悲痛な顔をしているのかも。
「カインはとても青空が似合うから、僕を置いてあの蒼に飛び込んで、そのまま溶け込んでしまいそうでさ」
 子どもが拗ねるように口を尖らせるセシルに、「何をバカなこと言ってるんだ」嘆息混じりにそう言った。 こいつの真意が解らない以上、どう返答すれば良いか困惑したままではあるけれど。
「…とりあえず、痛いから…手、離せ」
「待って。 あと三秒ね」
「はぁ?」
 どこか場違いに呑気なセシルの言葉に、思わず素っ頓狂な声を上げた。 すると俺の右手を握る力は少し緩み、セシルがいち、に、さんと小さく呟く。
 そして手が離れた。

 不意に自由になった右手を左手で押さえる。 それこそ戦闘中に剣の柄を握るようなほどの強い力で握られていたため、手がすっかり白くなっていた。 その手に段々と血が戻り、それに合わせてびりびりと痺れがはしる。
 ゆっくりと右手を擦っている俺に、セシルが困ったように笑った。
「ごめんね、痛かった?」
「………」
「ごめんね、…だって、今日は凄く空が青くて綺麗だから」
 こんな日は、カインを遠くに感じて仕方無いんだよ。 そう付け加える。
 そんなことを言われたって、俺は益々困惑するしかない。
「…セシル」
「その手を掴むことで、ここに…僕にカインを繋いでおけるとは思ってないんだけどね」
 そう言ってまたごめん、と言った。 ごめんと言うにはあまりにも被害者染みた笑みだと思う。

「……」
 右手の痺れ。 セシルの言葉。 俺の手を捕らえるように握り締めたこいつが浮かべていた苦痛を噛み締めるような表情。
 だめだ、解らない。
 解らないけれどあのときのセシルの顔ならきっと忘れられないだろう。

 セシルはああ言ったけれど。 振り仰ぐと広がっている蒼穹に、どれほど飛び込んだ所で溶け込めるなどとは思っていない。
 溶け込めたら・と思ったことはあるけれど。

 でも今、俺は地面を歩いているのに。
 セシルの横を歩いているのに。
 そしてこの手を掴んできたこいつの手を俺は全く振り払いはしなかったのに。
 これ以上セシルが何を求めていて、そしてそんなセシルに俺が何を与えられるのか解らない。

「…ずるいのはお前の方だろう」
 我侭者め。
 やれやれと嘆息し、俺は左手を伸ばしセシルの右手を取った。
「…やっぱり、そう思う?」
 少年のように無垢な笑みを浮かべながら。
 セシルはこの手を優しく握り返して来た。







end.




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サイト8周年記念!「空的なお題でSS」で、「晴」テーマのSSでした。色々考えた結果、「青空」→「竜騎士」→「カイン」ってことでFF4。
TAにしようかなとも考えたけど、TAのカインはどっちかと言えば私の中で雨のイメージなんだよね。 だから本編もとい昔話。

セシカイ大好き!としか言いようのないので特にコメントはありません(笑)

 09.09.09


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