真昼の羊





「…これまた器用に難儀な怪我をしたもんだな」
「るっせーな。 さっさと済ませろよ、今この姿勢結構つれーんだから」
 陽が真上から少しだけ西に傾いた時間。
 二部屋取った宿屋、その一室で相変わらずの減らず口と憎まれ口の応酬。
 ベッドの淵に腰掛け、エッジの左肩から二の腕に掛けて包帯を巻きながらカインが嘆息した。

 するすると包帯を巻いて行くカインの手捌きを感じながら、傷口を見ている彼の顔を観察してみる。
 普段は兜で顔が隠れているということもあるが、それが無くとも彼の表情は滅多に現れない。 というかほとんど見たことが無い。
 会話であっても大抵、抑揚の無い声で必要最小限の言葉を交わすだけ。 もしくは憎まれ口を聞くくらいで。 エッジが現在のパーティで最も遅くに仲間に加わったということを除いても、まだカインという人間を把握し切れていなかった。
 こうしている現在、無言でエッジの肩口の傷に集中しているカインの蒼の瞳を長い睫毛が縁取っている様は、それだけを見れば女性にも見えるくらいだ。
 だが不機嫌なのかと思われるほどの表情の無い顔と、どことなく憂いを帯びているような顔はエッジの気分を何となくざらつかせる。
「……」
 以前はカインが敵の手に落ちていたということは、セシルから聞いていた。
 セシルやローザ、カインの三人がバロンで過ごしていた日々のことや、リディアとの出会いのことも、旅の途中少しずつ話を聞いている。
 けれどあまり気に入らなかった。
 リディアはいざ知らず。 特にセシルやローザの、カインへの腫れ物を触るような扱いが。

 幼馴染三人が、同じだけの気持ちを共有出来ずにカインはローザを想い、けれどローザはセシルを選んだ。 起こった事実として聞いたのはそういうことだった。
 想いを打ち明けることで三人の均衡した立ち位置のバランスが崩れてしまったとしたのなら、恐らく最悪のタイミングで明かされてしまったのだろう。 現にカインはローザや、セシルへの強い情を利用されて敵の手に落ちてしまったのだとエッジは解釈している。
 そしてやはり、だからこそ気に入らない。
 そうして崩れてしまった三人のバランスの、果てがカインへのあの扱いではあまりに辛気臭いし、不必要だと思う。

 カインが敵の手に落ち、一度は戻ってきたもののゴルベーザの洗脳はまだ解けていなかった。 実際に地底でクリスタルを探索したとき、敵に操られるままにそれをセシルから奪い取った彼を目の当たりにしているからそれは解る。
 しかしそのときに事情を知らないエッジの脳に湧いたのは純粋な怒りで、憐憫では無い。 ましてや同情などでは。
 現在でも完全にその呪縛が解けているのかどうかということについてまだ多少の疑いさえあるが、以前思ったままにそう言うと本人が「そのときは遠慮なく斬れ」と言った。
 その潔さで彼と言う人間を見直し、簡単に言えば彼を気に入ったのだ。
 それなのにセシルやローザのカインへの対し方、そして何より二人に対し常に罪悪感を背負っているようなカイン。 気に入らない。

「……?」
 急に黙り込んで何かを考えているようなエッジに首を傾げながらも、カインが手当てを終える。 巻き終えた包帯を右手の鋏で不器用に切り薬品袋に納めた。
 横を見ると、サイドテーブルには空になったポーションがある。 それを見やりながら「こんなもんで良いのか」と問う。
 カインの言う「こんなもん」が何を指すのかを一瞬考えた後、エッジは「ああ、」と首を横に振った。
「別に大した怪我じゃねーしな。 わざわざ魔法で治して貰う程じゃねーよ」
「……」
「ま、ここにいて手当てしてくれんのがこんな鉄面皮じゃなくてリディアだったりしたら、痛みだって吹っ飛んだだろうけどなー」
「今日の買出し当番がリディアで残念だったな。 ホラ、とっととどけ」
 エッジの腕に巻き終わった包帯をテープで固定し、カインが嘆息しながら最後にバシとその部分を叩いた。 痛ってーな、と大袈裟に飛び退いてみせながら、エッジが「よし、サンキュー」とニカと笑う。

 回復魔法を使える人間はパーティに二人居る。
 しかし主に回復担当となっているのはローザ一人。 そしてそのローザは現在、隣の部屋でセシルの回復に取り掛かっていた。
 町に入って宿を取れば、大抵ローザは他のメンバーの回復に掛かりきりで。 特に常に前衛に立ち、敵からの攻撃から仲間を庇うパラディンは他のメンバーに比べても怪我が絶えないので、セシルの治療に多くの時間を費やすことも珍しくない。
 先ほど自分が巻いた包帯と、サイドテーブルのポーションの瓶を見比べながらカインが肩を竦めた。
「ローザを気遣って魔法を遠慮しているんだろう。 別に気にしなくて良いと思うがな」
「お前に言われたくねーよ」
「……」
「ま、お前が気遣ってんのはローザのMPの方じゃなくて、セシルと二人っきりの時間にって所だろーけどな」
「……うるさい」
「お?」
 カインの静かだが、押し殺したような怒気を含んだ声。 エッジが目を丸くした。
「…あの二人と俺は、もう…」
「…もう、何だよ」
「…………っ、」
 暫く迷うように無言でいたカインが、急に立ち上がる。 脱いでいた兜や鎧はベッドの上に放置したまま、窓から身を乗り出してそのまま飛び降りてしまった。
「なっ、おい!!ここ二階…」
 エッジが慌てて窓際に駆け寄る。 竜騎士であるカインが二階ほどの高さで着地に失敗するとは思っていないけれど。
「非常識な野郎だぜ…」
 やれやれと嘆息し、暫く考えた後上着を掴むと、エッジもカインを追って窓から飛び降りた。

「!?」
 ずざ、と背後で音がし、エッジが真後ろに着地したのを見てカインが目を見開く。
「何で…」
「話の途中だろ」
「もう話すことなんて無い」
 人の悪い笑みを浮かべながらのたまうエッジに、カインが怒りを含んだ声で返した。
 歩き去ろうとするカインを後ろから追いながらエッジがのんびりとした口調で問う。
「なんだよ、あの二人とのことに触れたから怒ってんの?」
「、違…」
 エッジの揶揄するような口調に明らかに怒気を表した顔でカインが振り返る。 その顔を静かに見据え、「ふーん」面白そうにエッジが口端を上げた。
「地雷踏んだらそーいう顔してくれんのね」
 まじまじと眺めるようなその視線に、口を押さえながらカインが顔を背ける。 何かを言い返そうと必死で言葉を探そうとするが、結局何も言えない。 そんな様子で半ばやけの口調で口を開く。
「うるさい、怪我人は戻って寝てろ」
「じゃーお前こそ戻んねーとな」
「…」
「お前だって怪我してんじゃねーか」
「俺は、…」
「隠しても分かってんだよ。 前衛に立って戦ってんのはセシルだけじゃねぇだろ。 …まーもっとも、お前は何かの罪滅ぼしみてーに必死になって前に出てるように見えるけどな」
「…………」
「そー言うのやめろよ、痛いから」
「…………」
 打ちのめすつもりは無いのに相手が全く言い返して来ない。 自分の言葉は、果たして自分の伝わって欲しいように伝わっているのか。
 人と人との気持ちのやりとりは、それこそが一番難しいものだけど。
 特に目の前にしんと立つ竜騎士のような相手は自分自身の世界が強く、そしてそれを表に出さないからそれが余計に難しい。

 けれどそれを確かめようとしたときには時間切れ。
 伝わったかどうかは、所詮は相手に託すしかない。
 信じるという意味で。 言葉は綺麗だけれど。 所詮は、信じるという形で相手に任せることしか来ないのだ。

「じゃ、宿屋に戻ろうぜ」
「だから俺は…」
 カインが更に続けようとするのを、彼の背後を顎でしゃくって示した。
「ホラ、効果抜群の手当て譲ってやるよ」
 それに釣られるようにカインが示された先を振り返る。
「……」
「エッジ、カイン!」
 手を振りながら遠くからリディアが駆け寄って来た。


 







end.




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時系列的にはラスボス前の自由行動中。
カイリディの「泣きそうだ」のエッジバージョンって感じです。
セシロザカイのギスギスした仲良しぶりを他二人から見た感じみたいな

 09.08.30


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