はじめから






 魔物の群れに囲まれていたチョコボを助けたら、ついて来てしまった。

 助けるというよりも、森の中で倒した魔物の輪の中心に怪我をして動けないチョコボの雛が倒れていた。
 慌てて駆け寄ろうとした僕の腕を咄嗟に彼が掴み、訝って見上げると彼は眉を寄せて「そういうのはあまり良くない」と首を振った。
 怪我をして倒れているものを見つけても、助けることが良くないなんて。 彼がそう言った理由がわからずに、どうしてですかと言うと思いのほか詰るような口調になってしまった。
 けれど彼はあくまで静かな目で僕を見据える。
「助けたところでどうする。 あれは赤ん坊だろう、育てるつもりか」
「いえ、そういうわけじゃ…」
「…母親がいないならどうせ長くは生きていけない。 ならここで助けたって同じだ」
「でも、…でも…」
「……………」
「…お願いします…!」
 彼が無言で首を振るとき、普段の僕は大抵反論をやめる。 けれど今回の件は、目の前の弱っているチョコボを前に僕は譲れなかったからなお食い下がった。
「………」
 彼はこれ以上言っても無駄だと踏んだのか、目を閉じてやれやれと肩を竦める。 表情は渋いままだが、僕は構わずチョコボに駆け寄って口の中でケアルを唱えた。


 僕はチョコボを飼いたいと思っていたわけではないから、怪我を治して連れて歩こうなんてことは考えていなかった。 かと言って軽い気持ちで助けようと思ったわけでも決してない。
 でも森の中を歩き始めた僕たちの後ろから、チョコボの雛が鳴きながらついて来たとき、彼が僕を止めた理由がなんとなく分かった気がした。
「………」
 だから言ったんだと言いたげに、しかし何も言わずに彼が嘆息する。
「あ、あはは…」
 途方に暮れることも出来ず、僕は笑うしかない。 ここで走って撒いてしまえば簡単だ。 けれど魔物の徘徊する森をこの雛がひとりで生きて抜けられるとはとても思えない。
 ひょこひょこと左右に体を揺らしながら危なげに歩いてくるチョコボの雛の姿は間違いなく愛くるしいのだけど、はしゃぐには横にいる彼の非難の目が気になる。
 勿論連れて歩くことも出来ないし、ここに置き去りにするという決断も僕には出来ない。 ここで彼にどうすれば良いですかなどとは聞ける立場ではないのだが、バロンを目指すこれまでの道程は彼の指示をずっと仰いで来た僕には、決定権もないように思う。 僕が彼の忠告を無視して行動したのは今回が初めてだったが、早速失敗してしまった。 勿論、チョコボを助けたことは後悔していないけど。
「…あ、あの……」
 意を決して彼の指示を仰ごうと呼び掛けると、彼は無表情に少し厳しさを足したくらいの表情で、組んでいた腕を解いた。
「…おまえは」
 その温度の低い呼び掛けに、僕は雛を抱いたまま萎縮する。
「は、はい…?」
「…本当に、困った奴だな……」
 嘆息混じりに、けれど思いのほか柔らかな彼の声に「…?」顔を上げると、彼の顔を伺うより先に彼が元来た道を戻り始めた。
「え、あの…?」
 その場で固まっている僕に、彼が振り返って再び肩を竦める。
「何してる。 試練の山の近くにチョコボの森がある。 そこなら魔物も出ないしここよりは安全だろう。 …戻るぞ」
「…は、はい!」
 逆光で彼がどういう顔をしているか分からなかったし、嘆息混じりの声は呆れの色を纏っているけれど。 僕がおよそ期待していた彼の一面が見れたことが嬉しくて、そして腕の中の雛のことでたぶん雛自身よりも僕の方が安心して。 僕はわけのわからないといった顔できょとんとしている雛に頬ずりしながら彼の後を歩き始めた。


「早速遠回りになってしまったな…」
「すみません……」
 雛をチョコボの森に連れて行き、そのまま再び同じ道を歩く途中。
 チョコボの森では他のチョコボがあの雛を受け入れてくれたようだったこともあり、僕はホッとしていた。
 けれど引っ掛かっていたのは、はじめ僕があの雛を助けようとしたとき、彼が「良くない」と言ったことだ。 僕が雛の傷を癒したのは同情から来る一瞬の救いで、結局僕は先を見据えることが出来ていなかったというのは分かる。
 でも傷ついて消えようとしている命を助けようと思うことがどうして良くないのか、それがまだ納得出来なくて、少し寂しい気がする。
「…」
 横を歩く彼を見上げる。 魔物の群れに襲われていた僕を助けてくれたのは彼だ。 人間とチョコボは違うと言われればそれまでだが、彼はどうして僕を助けてくれたのか。 そしてどうして今も。
「…あの」
「何だ」
「どうして、僕を助けてくれたんですか」
「……?」
「僕があのチョコボの雛を助けようと咄嗟に動いたことと、同じじゃないんですか?」
 それならどうして彼は今も僕と一緒に行動してくれているのか。 後ろを付いて行く僕を許してくれるのか。
 バロンを、両親を想う心配で頭がいっぱいなままで来たけれど、考えれば考えるほど彼に訊きたいことは多く出てくる。
 僕の問いかけに彼は少し考えて、視線を斜め上に向けて口を開いた。
「…おまえが今ここにいるのは、あの雛がおまえの後をついて来たのと同じ理由か?」
「なっ…違いますよ!」
 質問を質問で返され、そしてまたその内容があまりに心外だった。
 思わず声を荒げた僕に、彼は小さく笑みながら、それなら私も違うと言った。
「………」
 それならって。 いまいち彼が何を考えているのか掴めない。 けれど、彼は違うと言ったけれど。 たぶん彼が僕を助けてくれたのと、僕が咄嗟にチョコボの雛を助けたのとは同じでなくともそう違わない理由ではないかと思う。
 そしてあの雛が母親を求めて僕を追って来たのと、僕が彼の後に付いて行くのは違う。 違うと思う。 けれど彼に会ったばかりの僕なら、寂しさや不安や、自分自身の心許ない思いを補完するために護って欲しいから、力のある彼の後を歩きたいと思ったのかと言われればそう違わないとも思う。
 彼が今どんな理由で僕と行動を共にしてくれるのかは分からないけれど、たぶん最初に僕を助けてくれたときとは違う理由ではないかと勝手ながらも思う。 そして僕自身の彼に付いて行きたい理由も最初とは違う。 ならば「どうして助けてくれたのか」なんて訊いたって詮の無いことなんだろう。
 必要で重要なのは始まった理由でなく、続いて行くための理由だろうから。

 横を見ると彼とふと視線がばちとぶつかり、「…――!」慌てて逸らした。
「?」
 彼は一瞬不思議そうに首を傾げたが、特に気にするでもなく歩き続ける。
 少し歩調を遅めて彼の目に映らないようにして、僕はぎゅっと胸を押さえた。

 どうやら僕は彼の理由だかを尋ねる前に、自分自身のそれに向き合わなければならないようだ。








end.




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これから「雨水色」に続きます。お暇な方はよろしくどうぞ(笑)

そんな意味で「はじめから」です(´∀`)


 09.06.12


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