大切なものが多くあればあるほど、
 たぶん生きて行くことは歓びで溢れていて、そしてせつないことだと思う。






ラ・カンパネラ





「ねぇ、本当に大切なものってどういうものだと思う?」
 不意に尋ねた私を、彼は不思議そうに見やった。
「どういうもの…?」
「そう」
 大切なものは何か、とは訊かない。
 彼にとっての大切なものなんてたぶん分かりきってるから。

 彼はよく喋る方ではないし、実際彼自身も、喋ることがあまり得意じゃないと言っていた。
 大切なものとは、憎むこととは、友達とは、あなたが今想っていることは。
 そういった概念や胸の奥底の価値観に触れる話を私は時々彼に持ちかけた。 その度に彼はそういったものを言葉にするのが苦手なんだと言いながらも、時間を掛けながら言葉を紡いでくれる。
 私は彼の答えや考えそのものというよりも、そんな風に困りながらもきちんと考えて答えてくれる、律儀な彼の誠実さを感じる瞬間が好きだった。 言葉の一つ一つに迷いながら話す彼を前ににこにこと笑んでいる私を見て、彼は更に怪訝な顔をした。
 何でそんなことを訊くんだと言いたげで、けれどいつもそうは言わない彼に、私は彼に質問の意味を打ち明ける。
「本当に大切なものなら、無くならないんじゃないかって思ったの」
「………」
「無くしてはじめて、大切だったって気付くことって…多いって言うけど」
 本当は、大切なものは私が「大切だ」と、そう思うだけでその通り大切なのだということは知ってる。 失ったものが本当には大切ではなかったなどとは思わないし、どういうものを大切だと呼ぶ、という定義なんてあるはずないから。
 答えなんて既に私の中で出てしまっていることを質問したのは、彼に「大切なものは無くならない」それを否定して欲しかったからなのかもしれない。
 大切だったはずのものを失った哀しみを、その哀しみは確かに在るものだと肯定して欲しかったのかもしれない。
 だってそうでなければ、ずっと、笑って、前を向いて進み続けなければいけないことになる。

 長いような短いような、まばたき数回分の時間を考えて、彼は困ったような笑みを浮かべながら口を開いた。
「…大切なものが無くならないのなら、哀しい思いをすることもないんだけどな」
 私の質問に対しては、とても遠回しだけれど。 失って哀しい思いをするほどに、大切なものは過去にだって存在していると。 そんなことを言ってくれた気がする。
 私と彼は同じでなくとも、とても近い感覚でいるはずだと、私が勝手に感じている連帯感。 私はそれを確かめたかったのかもしれない。
 かつての私にとって大切だったものは、静かで平和で掛け替えの無い何よりも愛しかったものは、既に私のてのひらから零れ落ちてしまっている。
 本当に大切なものが無くならないのなら、それらは私を残して消え去ってしまうことはなかったはずで。 けれどそれらは確かに私の周りから無くなっていて、そして引き替えのように今の私の周りにあるものは。
「今の私の周りにあるものや人達だってとても大切だと思えるけれど。 前の私にとって大切だったものを、失わなかったなら今の大切なものを手にすることもなかったと思うと…とても不思議な気持ちになるの」

 私がかつて大切だったものを失った元凶、それに対する恨みや辛みは、今では湧いてくることはない。 忘れたのではなく、無理やり奥に仕舞いこんだのでもなく、結局はそれだって今の私の大切なものという存在になっているのだから。
 私の言葉に、彼は視線を横に移し、少し離れた場所にいるセシルやローザに向けた。 談笑している二人を見て彼の蒼の瞳が饒舌に想いを語り、けれど哀しいほど静かに瞬く。
「大切なものと引き換えに手に入れたものなら、尚更大切に思うんじゃないか」
「……そう」
 彼が失ったものも、引き換えに手に入れたというものも。 同じようにそこにあって、けれど目に見えない変化を遂げているもの。 失ったものも手にしたものも、彼の中だけに存在している。 その意味で、やはり私も彼もとても似ているのだと思う。
「…だからカインは、あの二人をそんな目で見てるのね」
「―――…」
 彼は少し驚いたように蒼の目を見開いて、私を見詰めた。
 その顔は嬉しいとも哀しいともつかない。 要は私と同じような表情だと思う。

 大切にするということが、失わないということではないけれど。
 愛しいものなら大切だと思うだけで、大切に出来たらいいのに。







end.




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ジュビリー 歓びとは
誰かが去るかなしみを 胸に抱きながら溢れた一粒の雫なんだろう  BY:くるり

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ある日の会話の一部分、って感じの。
この二人が似てて欲しいとか同じであって欲しいとかっていうより、
概念とか感覚とかって言葉でしか説明できないような共通点が多くあればいいなって思います。
それでリディアは安心して、カインはちょっと戸惑いみたいな。
そんなカイリディが 大 好 き なの!><


 09.06.08


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