Une chose triste est seulement il.



ちいさな魂





「ツキノワ、ちょっと良い?」
「あ、セオドアさん。 何でしょう?」
 いつもは僕に話しかけるとき、無邪気と言っていいほどにこやかに笑んでいる彼だが、今日は何処となく塞いでいる様子だった。
「怒らないできいてね」
「はい」
「……えーと」
「…?」
 彼にしてはひどく歯切れが悪い。 よほど言いにくいことなのかと思い、一度周囲を見渡す。 僕と彼の他に誰もいないのを確認して、僕は再び彼に向き直ってその目を見つめた。
「…ツキノワはエッジさんを、護りたいと思う…よね」
 慎重に言葉を選びながら、言葉ひとつひとつを迷うように目を泳がせながら彼が言った。 その質問の意図は分からなくとも僕にとってその質問は質問にすらなっていないようなものなので、僕は「勿論です」即座に頷いた。
 そして頷いた僕を彼がきょとんと丸くした目で眺めてくるので恥ずかしくなり、慌てて言葉を続ける。
「そ、それは…今のぼくでは力が及ばないこともあるし、周りのみなさんの足を引っ張るようなこともありますが…それでもお館様をお護りすることはぼくの使命です…!」
「そっかー…そうだよねー…」
 きっぱりと言った僕に彼はどちらかと言うとがっかりしたような表情で頭を抱えた。
「どうしたんですか?何か変ですよ、セオドアさん」
「…ん、今日、ちょっとね…――」
 以前の戦の序盤、バロンを魔物の群れが襲い、赤き翼が墜ちたとき。 彼は多くの兵に庇われ一人生き残った。 今日、その殉職した兵士の子どもだと言う少年とその母親に偶然出会い、言葉を交わしたんだということを、彼はぽつりぽつりと零すように言った。
「何て言って良いか分からなかったけど、ごめんなさいって言ったら…その子のお母さんがね、王子をお護りすることが出来たのなら夫も本望ですって、言ったんだ」
「……」
 語る表情があまりに呆然と途方に暮れたような顔をしているから見ているこっちが辟易する。
「そして男の子には、お父さんをかえしてって言われた」
「―――」
 一瞬で僕の顔が凍りついたのを見て、彼は苦笑して「大丈夫だよ」と言った。
「でも僕が王子だからあの子のお父さんが死んで僕が生き残ったっていうのは、すごく辛い」
「…セオドアさん」

 彼の葛藤は分からないでもないが、けれどどちらかと言えば僕は彼を庇って死んだという兵士の気持ちの方が分かる。 僕に近いのは恐らくそちらの方だから。 贅沢を言えばごめんなさいでなくありがとうと言って貰えた方が嬉しかっただろうなと思ってしまうほどに。
 エッジ様もよく僕達臣下に「命を無駄にするな」と言う。 けれど主君を庇い落とす命の何が無駄にあたるのか考え倦むことだってある。
 護られる側からするとそうなのかもしれない。 死ぬ方はたぶん主君を護り死ねることで誇りすら感じれるかもしれないけれど護られる方は少なくとも満足は出来ないだろう。 たぶんエッジ様も、セオドアさんも。
 そして僕もやはり、もしいつか僕の命とエッジ様の命を秤に掛ける場面が来たならば迷わずにエッジ様を選ぶ。 けれどその言葉を聞いて笑って頷いてくれる人は今の僕の周りにはいないだろうから、胸に仕舞うだけ。

 やがて俯いていた彼がふと顔を上げ、ぼんやりと独り言のように零した。
「…カインさんも、バロンの騎士として…あの人の命より、僕の命の方を優先に考えるのかな」
「カインさん?」
「あの人が僕を護ってくれるときは、それは僕がバロンの王子であの人がその臣下である騎士だから、…そんな理由なのかな」
 そんな理由で僕は庇われてしまうのかな、そう言って彼は悲しげに首を振った。
 彼の口からカインさんの名前が出てくることはよくあったから、彼がどれだけカインさんに救われたことを感謝していて、そして尊敬しているかよく分かっているつもりだ。
 けれどやはり、彼が言うように彼はバロンの王子でありカインさんはその臣下の騎士なのだから、カインさんが彼を護ろうとすることは僕には当然に思える。 何よりそんな風に哀しげにカインさんの名前を出す彼を初めて見たので僕は正直戸惑った。
「王子だからとか、騎士だからとか…そんなの関係なく、ただ僕が僕であの人があの人だから、護ってくれるっていう単純な話だと良かったんだけどな」
「…」
「と言うか僕はあの人に護って貰いたいわけじゃないから、僕が僕として、あの人の力になれたらそれが一番なんだけど」
「……」
 僕はエッジ様の臣下として、あの人を護る立場にあることを喜びだと思っている。 だから彼の、セオドアさんの気持ちを推し測ることは難しかった。
 何と言葉を返そうか迷いに迷っている僕を見て、彼は今度はいつものように明るく笑って見せた。
「まぁ、護られる必要もないくらい僕が強くなれば良いんだけどね」
「―そうですよ」
 彼が笑っているので僕も笑って頷く。 普段の前向きで明るい彼に戻ったようで、僕はこっそりと心の中で胸を撫で下ろした。

 彼が言った、「護られる必要もないくらい強くなれば良い」その言葉を喉の奥で反芻する。
 そして僕は、僕自身の考えを重ね、カインさんはセオドアさんが護られる必要もないくらいに、それほどまでに強くなることを、望んではいないのではないかとぼんやりと考える。 臣下であれば護りたい、力になりたいと思うのが当然だと、やはり僕は思ってしまう。
 目の前で笑いながら既に別の話題にくるくる表情を変えている彼を眺め、そう思ってしまったことが少し気の毒になってぽつりとすみませんと言った。 彼は一瞬不思議そうな顔をしたが、僕がそれ以上何も言わないのでまた話し始める。

 先ほど、殉職した兵士の子どもに彼が言われたという言葉を、その言葉を言われたときの彼の気持ちを。 考えてみれば、誰かを護ろうとするならば簡単に命を落としてはならないということを改めて思い、エッジ様がよく言っていた言葉を思い出した。 護りたいのは命だけではないからその言葉は真理だと思う。 そしてそう思えるからこそ、僕は臣下として主君に仕える立場であるんだと実感した。
 そして自分を庇って潰えてしまった命に先刻まで塞いでいた彼だが、その重責を受け止めて前に進む覚悟だってあるのだろう。 だからこそあんなに悲しげな目をしていた彼が今笑っているのであれば、彼は主君として臣下を従える立場であるんだと分かる。
 こんなにも立場が全く違うのに同じ空間にいて言葉を交わしていることがとても不思議だ。 面白いほどに。
 もし僕が彼に仕える身で、彼が僕の主君だったとしたら。 僕が彼を庇って傷ついたり命を落としたりしたなら、彼はごめんなさいと言うのだろうか。 僕はどうせ言葉を貰えるならばやはりありがとうと言って欲しいと思う。 やっぱりこんなにも違う。 面白いなと思わず呟くと、目の前の彼は自分の話のことだと思ったらしく更に嬉しそうに話し始めた。








end.




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「ぼく」と「わたし」どっちが良いか凄く迷ったんだぜ…!ていうか公式が統一してくれないのが悪い
セオドアが出てくる、セオドア視点以外の話を初めて書いたので、子どもっぽい喋り方をするセオドアが初でなんか違和感(笑)ていうか同世代(ツキノワ)と喋らせたかったの…!タメ口きける相手ってツキノワだけじゃね?という妄想から。
本当はもっとかなり暗く辛気臭い話になる予定でした。最初セシカイだったから(笑)
でも子ども世代にしよう!と思ったのでちょっと明るめに変更。この子達にあんまりドロドロ悲しい話させらんない(贔屓)
ツキノワの価値観捏造というか完全私の趣味です。青い少年時代は色々考え足りないとことかあってもいいと思うんだ。
キャラが語ってる内容全てが私の価値観じゃないからそこんところ勘違いしないでくれよな!(…) いや実際多方面から価値観妄想させていただけるので創作活動って本当に歓び!


 09.06.02


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