no pain blade





「カイン、今日起こった出来事を全部覚えてるか?」
「はぁ…?」
 きっかけが何なのかは大抵よく分からなかったが、セシルは唐突に脈絡の無い話を始めることがよくあった。
 今日起こった出来事を全部覚えてるか? 俺の生返事をもう一回言ってくれの合図だと思ったのか、セシルは同じように問いかけを繰り返した。
 全部というのは難しい。 覚えてるかどうかなんて自己申告に過ぎず、それが本当に当たっているかどうかなんて確かめようが無い。
 仮に今日起こったと俺が記憶しているものを述べたって、忘れたことは言えないから結局全部になっているかどうかなんて分からない。
 そんなことをきっちり考えてから言葉を返す俺も大抵律儀なものだと自分でも思うが、とりあえず俺はそこまで考えてからゆっくりと首を横に振った。
 するとセシルは紫紺の瞳を瞬かせ、それなら、と無表情に口を開いた。
「忘れてしまうなら、起こることに意味なんか無いと思わないか?」
「……」
「何があったって、忘れてしまうなら。 今日覚えてたって明日やいつかは忘れてしまうなら。 無かったことと同じになるんじゃないか?」
「…そうか?」
「今日のこの会話だって一緒にいたことだって、いつかは忘れてしまうだろ?」
 そうとしか思っていないというように問い掛けるセシルに些かむっとしたが、こいつの中でそんな確信が出来ているなら俺が否定することじゃない。 だから俺は「……かもな」とぼそりと捨てるように零すと、そのくせセシルは少し寂しそうに目を一瞬揺らした。 そして「…それなら」と言葉を重ねる。
「それなら無かったことと同じになるだろ」
「…かと言って、それなら最初から無い方がましなのか?」
 言っていることは何となく分かるが、何を言わんとしているのかがいまいち要領を得ない。 けれどセシルとの会話でそういうことはこれまでもよくあったし、ある程度やりとりを交わすと元より結論なんか求めてない様子でセシルは一人納得したように話を終わらせるから、今回もそんな感じだと思った。
 だが今日は少し違っていた。
「気持ち悪いんだ、今こうして過ごしてる毎日が無為なのかと思えて」
「………」
「だから何かを残したいと思うんだけどね…」
 そういう風に思うのはこいつが一日一日を大切に過ごしているからに違いないだろう。 だが全てを覚えていていつまでも思い出せるようにしておくなんて出来るはずが無い。 こうして会話をしている最中から何かを忘れて行ってるはずだ。 何かを思っているということはそれ以外の何らかを思っていないことと同じようなものだと思うから。
「無為かどうかは、おまえ次第だと思うが」
「…そうだね、そして……相手次第でもあるよ」
「……? 何を、」
 にっこりと微笑むセシルを訝って呼び掛ける瞬間。
 強い力で肩を掴まれて言葉尻が消える。 次の瞬間にはその場に押し倒されていた。
「――ッ、おい!」
 咄嗟に手を後頭部に回し床に直撃するのを回避する。 抗議の声をあげる俺を全く意に介さず、セシルはにこりと微笑んだ。
「今、これからのことがどうなるかはきみ次第だね、カイン」
「…!」
「終わった後もう一回訊くから、今日の出来事を覚えてるかって」
「……」
「どう答えるかは、きみに任せるから」
 両腕を押さえつけながら馬乗りになり、言い聞かせるように紡ぐ声。 どんな顔をしてるのかと思い見上げるとひどく臆病な目をしている。
 そして何か言おうと開いた俺の口に強引に自らの唇を重ねてきた。
「……っ、」
 唇はすぐに離れ、セシルは何か言いたげというより顔色を伺うような不安げな表情で俺の目を見た。 そして俺がまた言葉を発そうと口を開くと、すぐにまた唇で塞いでくる。
 温度の低い手が頬を捕らえ、角度が変わり口づけが深くなる。 舌が絡んで水音がする頃には脳の右奥のあたりが痺れるように霞んできた。 そうなれば荒くなる息を整えるのに精一杯で、言葉を紡ぐ気になど到底なれない。
(…卑怯者)
 問い掛ければ答えを待っている間、結論は相手に委ねることになる。 そして相手の答えを聞かなければずっと相手のターンのままだ。
 こいつは答えなんか求めていない。 日々の自分を、自分と他人を、自分と俺を。 行動や会話や無数の日々の営みを、穏やかな表情で壊れることのないように重ねているこいつは現状の変化なんか求めていないはずだから。
「――カイン」
「……っ、は…」
 耳元で名を呼ぶ熱を帯びた声に、項が一気に粟立った。 喉元に噛み付くように唇を寄せられ、舌を這わされる。
 こいつと関係を持つのは初めてじゃない。
 だが一度も確認したことは無い。
 一番最初のときもよくわからないきっかけで押し倒され、俺が碌な抵抗もしないままにいつの間にか抱かれてしまっていた。 そのことに俺は多少なりのショックや不快感や精神的な痛みなどを抱いたが、それよりも終わった後に何事も無かったかのようにそれまで通りの親友として俺に接してきて、そのことに何も触れないセシルに違和感を抱いたのを覚えている。
 それからも欲情のスイッチの入るタイミングがいまいち分からないセシルと何度か関係を持ったが、それが夢だったのかと思うくらい事後のセシルは「普通の友人」で。 俺はこいつが何を求めているのか分からず戸惑いすら感じた。
 それなのに先刻の台詞だ。 「きみ次第」だと。 自分勝手にしたいことをしてその後何も触れずに関係を放り投げて、そんな日々を「忘れれば無かったことになるのか」だと。 それを寂しげな目で問い掛けるのは本当に勝手極まるんじゃないのか。
 ただの親友としての俺達の関係を失いたくないから、無変化を望み何事も無かったかのように接してくるんだろう。 それなのに俺に触れてくるこいつの温度を俺が忘れたならそれは無かったことになり、それはいただけないと思うくらいには、こいつにとってこれは残しておきたい出来事なのか。
 俺は何て言えばいい。 一生忘れないと言えば良いのか。 触れる手の熱さや荒くなった呼吸や、普段とは違う俺の名を呼ぶセシルの声を。 俺が忘れなければそれは無くならないことになるんだろう。 おまえが見ない振りをしていても。
 そして俺とこいつ二人が覚えていて、関係を確認してしまえば今までの二人が終わってしまう。 それだってこいつは望んでいないはずだ。 だから今までだって俺が目を覚ます頃にはとっくに隣から消えていて、朝になれば何食わぬ顔でおはようなんて声を掛けてきたんだ。
 矛盾している欲求は、しかしどちらも切実だろう。 俺は何を言えば良いんだ。


 あれこれと考えている内にセシルは黙々と俺の衣服を脱がしに掛かっていた。 シャツを肌蹴させて手を差し込み、温度の低い手に胸をまさぐられる。
「…ッ!」
 不意に先端の尖りを引っ掻かれてびくりと腰が跳ねた。 一気に体がかっと熱くなる。 そんな俺の反応を見てセシルが上機嫌に目を細めた。
 首筋を這っていた舌は徐々に下りてきて、濡れた舌先で鎖骨をなぞられる。 それだけで全身が粟立ち、熱が凝って来るのを感じる。 そしてその動きとは別に胸を弄る手指が尖りを押し潰すように刺激してくるのでその度に身体がびくびくと反応した。 思考とは裏腹に、火が燻るように視界と脳内を霞ませて行くくすぐったさ。 身体が勝手に震え出す。
「くっ…、ぁ…!」
 鎖骨の下あたりに吸い付いて印を残しながら、セシルは「敏感だねぇ」などと間延びした声で言いさも楽しそうに笑った。 こいつはいつもこうだ。 まるで鼻歌でも歌い出しそうなほどに上機嫌に俺を蹂躙する。 俺は理性を焼き切るような羞恥と戦うのとこいつが先刻零していた言葉への対応を考えるのと襲ってくる感覚に溺れまいとするので頭が恐慌状態なのに。
 反射的に閉じようとする両脚の間にセシルの膝が割り込んでいて、その膝の先が既に熱を帯び始めている俺自身を擦った。 胸をなぶり続ける手はそのままに、俺の反応を楽しむように膝を前後に揺らす。
「〜〜〜っ…」
「イイ?」
 直接的ではない緩い刺激に、足りないと言わんばかりに勝手に腰が揺れ出した。 そんな俺の反応に満足気に笑うと、セシルの手が胸から離れ脇腹を撫ぜながら下りてくる。 太腿まで辿り着いた右手がズボンを下着ごと剥がし、膝で弄っていたものを直接握り込んだ。
「っ!!」
 声を漏らさないように唇を噛み締めている俺に何か言おうとしたが、こいつも大概余裕が無いようで。 性急に揉みしだかれ、上下に擦り上げられる。
「…っ、ぁ、…ふ…ッ!」
 与えられる手淫の強い刺激に腰が逃げようとするが、脚の間にしっかりと腰を密着させられていてそれも出来ない。
 完全に硬さをもって滴を垂らし始めた欲望が、その滑りをもって更に強く扱かれる。
「…セシ、ル…ッ!!も…」
 理性が飛びそうになる感覚を何度も押し退けるがそれも限界に近付いている。 吐精のきざしに必死でセシルに離せ、と呼び掛けるが全く聞き入れてくれる様子が無い。
 こいつだって息を荒げていて余裕が無いはずなのに、上半身を起こして呼び掛ける俺を涼しげに見やる。
「ん?どうしたの?」
「ぁ、セシ、離…っ!」
「いきそう?」
 俺を刺激する手はそのままに、切実に訴える俺に子どものように笑い掛けてくる。 俺は脳内を嵐のように渦巻く羞恥ともたらされる快感とに耐えながら何度も首を縦に振った。
「はやく…離、せ…ッ!!」
「いいよ、このままいって」
「なっ…」
 空いている方の左手が伸びて俺の頬を撫でた。
「いく顔見せて」
 なんでもないことのようににっこりと微笑んで言うセシルに一瞬呆気に取られる。 だがこいつの手は止まらずに俺を刺激し続けていて。 その手を離すつもりが無いと分かった今、絶望に似た戦慄がはしる。
 絶句する俺にけしかけるようにセシルが激しく扱き始めた。 俺は耐えていた理性が焼き切れる限界を感じながらせめて声を抑えようと右手で口を覆う。 だがすぐにセシルの左手に捕らえられ、床に縫い付けられた。
「声。 出して」
 おまえはどこまで酷いんだ。 投げ付けたい抗議の言葉なら多々あるが声にならない。 生理的な涙がぼろぼろと頬を伝う。
「…ぅ、嫌、だ…っ」
「がんばるなぁカイン」
 セシルが苦笑した。 両手が塞がっているので身体を倒し、顔を近づけて舌で俺の涙を拾い、舐め上げてくる。 その瞬間に不意に先端の窪みに爪を立てられた。 弾かれたように身体が跳ね、目の前に火花が散る。
「ーーーーっ!!」
 悲鳴だか嬌声だかは辛うじて声にはならず、鋭い空気が喉元を抜けた。 びくびくと断続的に身体が震え、その後はどっと押し寄せてきた吐精後の疲労に襲われながら、荒い息を整えようと必死で息を吸い込む。 セシルは俺の白濁を受け止めた右の手の平をぼんやりと眺め、そして眉を寄せて困ったように笑った。
「ごめん、僕ももう限界」
「――セシ、!」
 強引に脚を開かれる。 後孔に指が這わされ、一気に埋め込まれた。 急激に押し寄せた異物感を奥歯を噛み締めてやり過ごす。 達したばかりで身体が弛緩しているのと、吐き出した白濁の滑りが手伝ってそこはすぐにセシルの指を飲み込んだ。
「…ぅ、…く…!」
 指が増やされ、耳を塞ぎたくなるような卑猥な水音を立てながら掻き回される。
「ぁ……はっ…」
 じわじわと侵食するように拡がって来る、指の違和感と鈍い快感。 一度吐精した下腹部に再び熱が凝り始める。
「………カイン、…」
 眉を寄せたまま、セシルがはぁと熱を含んだ息を吐いた。 そして指がゆっくりと引き抜かれたと思うと、「ゴメン」と独り言のように呟かれる。 その言葉に身構えるより先に、熱く張った欲望に貫かれた。
「ーー、ぃ……ッ!!」
「…きつ…カイン、力抜いて…」
「…は、無理…ッ言うな…っ!!」
 息苦しさと痛みで反射のように怒りが込み上げてきた。 俺が身体を強張らせたまま力を抜かないので、セシルは荒く息を吐きながら前に手を伸ばし、痛みで萎えかけていた俺の欲望を性急に扱き出す。
「ふ、ぅ……ぁ、ぁ、ぁ…っ!!」
 脊髄を這い回る感覚が快感だと分かれば、後は溺れるように飲み込まれるだけだ。
 力を抜いた俺の腰を押さえ、セシルが体重を掛けて一気に奥まで押し入って来た。
「……っ…!」
「…は、…カイン、大丈夫…?」
 気遣わしげな声に不意に涙が零れた。 声にはならずにただふるふると首を振る。 自分の呼吸がうるさく、一向に静まらない。 息苦しさと腰に重いくらいの快感が渦を巻き思考を食い破ろうとしてくる。
「ぁ、すご…だめだ、ほんと余裕無い…」
 俺の欲望を刺激していた右手を離し、荒く息を吐きながらセシルが両手で俺の腰を掴んだ。 腰に触れる手の感覚ですら快感に変わって身体が粟立つ。
「ーーーっ!!」
 後はもう、ひたすら欲望を満たすまま傍若無人に腰を打ち付けられた。 最奥を熱い彼自身で擦られたかと思うと、一気に引き抜かれる。 息を吐こうとする瞬間にまた奥まで貫かれて息が詰まる。 その繰り返し。
「あ…ぐ…っ、も…ぁ…ッ!」
 思考が感覚に追いつかなくなる。 セシルが顔を近づけてきて唇が重なったが、お互い息を吐くので精一杯で、一瞬舌が絡んだだけですぐに離れた。
「…う、ぁっ、あ…!?」
 奥を突かれ、不意に敏感な場所を擦られて身体が跳ね上がる。
「…ここ?」
 セシルが耳元でくすりと笑った。 そこが弱いと分かるとその場所を集中的に穿たれ、身体がびくりと跳ねた瞬間に揺さぶられる。 眩暈がするほどの快感。 喉から抜ける甘ったるい声もぼろぼろと頬を伝う涙も自分のものとは思えないほどに。
「〜〜っセシル……も…!」
「…うん、僕も…限界…」
 眉を寄せながらも実に楽しそうに笑うと、セシルは手を伸ばして痛いくらいに硬く張り、滴を零してしなっている俺自身を擦り上げた。
 一気にそこに熱が集まるのと同時に、セシルが一際強く最奥に欲望を押し付け、精を吐き出す。
「、い…ぁ、あぁあっ…!!」
 奥で吐き出された熱の感覚を最後に、視界が白く弾け、霞んでいた意識が吹き飛んだ。


 意識が飛んでいたのはほんの数秒で、すぐにお互いの熱を帯びた呼吸が耳に入ってきた。
 なんとかそれを整えようと、二人とも無言で断続的に息を吸っては吐いてを繰り返す。
「………」
「………」
 とにかく身体がだるい。 今すぐにまた意識を手放して眠り込んでしまいたい。 だが俺にはこれからまたしばらくの間思考することを余儀無くされることになるわけだから必死で感覚を追いかける。
 手指の感覚が戻り、腰にも痛みとだるさがべっとりと貼り付いている。 それはセシルも同じだろう、まだ繋がったまま自身を抜こうとする様子が無い。 俺を押し倒して両腕で体重を支えたままの体勢。いい加減きついだろうのに目を閉じて呼吸をしているだけで動こうとも何かを言おうともしない。
「……」
 あれだけの熱をもってして俺を抱くこいつの思考には、「忘れてしまえば無かったことになる」なんてふざけた考えがあるわけで。 そしてそうでなければ俺達が幼馴染の親友としてこれまで培ってきた絆が全て別のもので塗り替えられてしまうという恐怖も抱いているからこいつはむしろ全てを忘れて欲しいなんて思っているんだろう。 だからたぶん俺がこのまま眠って朝を迎えれば何事も無かったような顔で隣に並んで歩き始めるんだろう、触れることもなく。
 なのに「忘れてしまえば無かったことになる」「それなら起こることに意味なんか無い」なんて感傷的な顔で言うくらいには、何かが残れば良いと思っているのか。 ひと時だけでも、こんなにも向けてくる熱を「気持ち」と呼ぶならば。 それらを全て忘れるという形で否定されるのはそれはそれでこいつにとっては哀しく悔しいことになるんだろう。 考えれば考えるほど面倒だ。 そして俺ばかり損しているような気がする。 具体的に何を損しているのかは分からないけれど。


 俺はまだ動こうとしないセシルの背中に腕を回し、ゆっくりと爪を立てた。
「ッ!」
 がり、と皮膚を浅く引っ掻く感覚が左右合わせて六本の指に残る。 だからこいつの背中にも六本の傷がしばらくは残るだろう。
 この呼吸とこいつの声と必死な眼差しと、腰に凝る痛みと熱さと。 俺は明日からきれいに忘れた振りをすることになる、こいつの望むままに。
 無変化を望み忘れることを望むくせに、同時にこのことが無かったことになるのを恐怖するというどうしようもなく身勝手なこいつだから。
「……、セシル」
 だからこの爪跡は親友としてのせめてもの俺の思い遣りだ、馬鹿野郎。







end.




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生まれて初めてEROを書きました。 書く前は「たぶん後書きにEROなんて言えるようなものではないぬるさですが・って書くことになるんだろうな」と思ったんだけど…そうでもない?私結構頑張った?
色々突っ込みどころも満載なんですがとりあえずセシカイへの留まることを知らない萌えを自分で吐きだせたので良かったんじゃないかな^^^

 09.04.21




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