クライ、 モア クライ



 僕は彼の前で二回泣いたことがある。

 一度目は、彼と出会ったその日。
 赤き翼でバロンを発ち、たちまち飛空挺が墜落し、最後の赤き翼として一人歩き始めた僕は彼に命を救われたが、その日は眠れなかった。
 母さんや父さんを案じる不安に胸が張り裂けそうだという思いも勿論あったが、それよりも炎上する赤き翼、そしてビッグスさんやウェッジさん、他の隊員の人達の無機に横たわる身体とそこらに広がり海を作っていた血。 その光景は忘れられない傷跡のように鮮明に僕の瞼を灼いた。
 短い時間の間にあまりにもショックなことが起こりすぎたのか、その一つ一つの出来事を僕の頭はきちんと把握しておらず漠然とした不安や恐怖を抱く反面、何も考えられず半分は真っ白のままだった。
 しかし目を開けて動き回っている間はともかく、眠ろうと静かに身体を横たえているときは駄目だった。 瞼に焼きついた赤い記憶が鮮明に蘇って胸を掻き毟る。
 うなされる僕を彼はゆり起こし、僕の頬を伝う涙を見て少し目を見開いた。 そしてあの赤い光景が目に焼きついて離れないと言う僕に、その気持ちはわかると言った。 彼にも赤く熱く胸の奥底を焼くような記憶があるのだと、詳しくは語らなかったけれどそう言って、だから悪い夢を見るのは仕方無いと言った。
 酷い夢に捕われていた僕は気が動転していて、夢現なままうわごとのように彼に手を繋いでくれませんかと言った。 今思うとそんなことが言えた自分を恥ずかしく思うけれど、それほどまでにあのときの僕は残酷な記憶と両親や近しい人間の誰も居ないという心細さに痛めつけられていたのだと思う。
 彼は僕の言葉に何も言わず、静かに目を閉じて僕の右手に左手を重ねた。 そして余った右手がぎこちなく動いて僕の頬に伸びて涙を拭った。 不器用なその動きと、きゅっと僕の右手を握る左手。 僕は呼吸を整えながら赤い記憶を奥へ奥へと押し込め、そしてぼんやりと、かつて父さんが自分の親友が左手に槍を持っていたという話をしていたことを思い出した。


 そして二度目は、彼と出逢ってから何日も経ったある日。
 もぬけの殻になったバロン城で両親の名前を彼に明かし、彼がひどく驚いたような素振りを見せてから、僕は段々と一人考え込む時間が多くなった。 たぶん彼もそうだと思う。
 彼は僕の両親をバロンの国王と王妃であるという以外の意味で知っているようだった。
 何度名前を訊いても「捨てた」としか言わない彼のその真意は僕に分かりようはずがない。 彼の正体よりも彼がどうして名前を捨てたかのその理由の方が知りたくて、そしてそれだけは訊けなかった。
 だからその代わりに想像する。 僕の頭には彼がその人なんじゃないかという思いがふつふつと湧き上がっていた。 でもその人じゃなければ良い、その人以外であれば誰だって良いとも思った。
 僕がはじめてバロンの王子としてではなく、父さんや母さんの息子としてではなく出会った人だから。 そして僕の命を救い、護り導いてくれる人だから。 彼を尊敬すればするほど、僕の世界で彼の存在が大きくなるほど、彼が誰にも知られていない人間であれば良いと思う。
 そして彼の沈黙が肯定となり、僕の淡い期待は揺らいでいつかは掻き消えるときが来るのだとぼんやり悟っていた。
 日々頭を傾げてくる感情。 僕はそれに名前を付けていないだけでそれがどんなものか知っている。
 そう彼の存在も、彼が自分の名前をそれだと言わないだけで。 僕には彼の存在の輪郭がおよそ鮮明に見えてしまっている。

「どうして、名前を捨てたんですか」

 名前は何ですかとよく訊いても、こんな風に問うたことはなかった。
 はじめての問いは縋るような願いがこもっていて、そして訊いたときには泣いていた。
 二回目の僕の涙。
「…私が、泣かせているのか」
 彼の目に浮かんでいるのは戸惑い。 僕の胸が締め付けられる理由など、彼には知る由もない。


 そして更に時が流れ僕達は流動し、ついに彼と「彼」が重なった。

「知ってました」
「…?」
「あなたがカインさんだと、僕は」
 僕の言葉に彼はどう答えて良いか分からない、と言うように眉を寄せてそうか、とだけ言った。 そして残念だとも言った。
「…かつての俺を知らないおまえの前では、あのときの俺が全てであれた」
 そんな残酷な言葉が付け足される。
 本当に。 僕だけが知っている彼がただそれだけの存在であってくれれば良かった。 なのに僕の期待や願いは虚しく、彼は僕以上に父さんや母さん達のことを知っていて、また僕以上に彼のことを知っている人達ばかりが存在する。 僕は何も知らない。 ただ想いを燻らせるだけ。
「あなたがカインさんじゃなければ良いって、ずっと思ってました」
「…………」
「だから、その分だけ…あなたがカインさんだと、知ってました」
「……セオドア」
「あなたは僕が思っていた通りの人です」
 そう、彼は名前を捨てる必要なんかなかった。 その強さや不器用なところや厳しさの中に時折見せる優しさ、全てがかつて父さんや母さん達に聞いていた通りだから。 そう、聞いていた通りの。
 胸が締め付けられてきりりと音を立てた。 そんな僕の痛みを彼は知る由もない。
 彼が複雑そうに眉を寄せているその心中を僕が知れないように。

 あのときの僕は、心細かったから彼に手を繋いで欲しかった。
 でも今の僕はそれとは違う意味で彼と手を繋いでいたいと思っているのに。
 彼が僕の言葉を信じてくれるのなら、僕はどんな言葉だって紡いだと思う。 受け止めずとも信じてくれるなら。
 だから、結局、僕は何も言わない。


 彼の蒼い瞳に映る僕の目から、三度目の涙が零れた。





end.




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セオ→謎なセオカイ。
もんたさん家の7079打記念にアップされていた「何故泣く?」の漫画に頭パーンとなってあまりに萌え、続きを妄想しても良いというお許しが出たのでいそいそと書かせていただきましたm(_ _)m
いや実際続きと言うかぶち壊しと言うか^^^ 素晴らしい絵師様が描かれた漫画を小説化なんて出来ようはずがない!
ってわけでネタをいただいて7079→「何故泣く」→「尚泣く」ってことで趣味に走りました☆
めそめそするセオドアが書きたかっただけとも言う^^^

書いてて思ったのが、ネタを一つの小説にするのって難しくね??と。こういうの良いよね〜とかこういう設定がいいんだ!というのがあって、その内容を降り込まないと意味不明になっちゃうんだけど油断するといかにも説明してますみたいなむしろ蛇足な感じになっちゃうので四苦八苦。
あれだけの萌えをたった2ページの漫画に織り込んだもんたさんは神だよ…!(眩)
漫画が描ければリレー漫画に出来たのに…かと言って文字書きというほど文章が書けるわけではないんだけど^^^ でも思いの丈を叫ぶのは文章が一番合ってるので 書いてて凄く楽しかったです!
ほんともんたさんのとは別の作品として読んでいただければ ただ単に私が向こうのネタをパクッたみたいな(笑)(笑えない)

いつもありがとうございます!ってことでもんたさんに捧げます〜!コラボさせてもらえて超幸せ!(*´∇`*)vv
なんかひたっすら片思いですみませ!片思いで相手を好きすぎて泣くとか完全に趣味です^^


 09.04.17


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