雨水色



 陽が真上に昇ってこれから少しずつ傾き始めるかという時間、薄暗い森の中を歩く途中。
 上空を覆い茂る木々の間から漏れてくる陽光が気持ち良かったのに、その葉が不意に空から降って来た雨粒を受けてざわめいた。 一気に黄昏時よりも暗くなり、元から涼しかった森の中の温度が更に下がったのが分かる。
 雨が降るのは久し振りだった。 少なくとも彼と共に行動するようになってからは初めてのことで。
 雨が次第に強くなり、木々の葉の隙間を縫って辺り一面にざぁと降りてきた。少し前を歩いていた彼が小さく舌打ちして僕に振り返り、雨宿り出来る場所を捜すぞと言った。
 彼が僕が雨に濡れることを意識してそう言っているのかと思い、濡れても平気ですと言うと彼は首を振った。
「風邪を引かれては困る」
「でも、」
 案の定僕を気遣っての提案だった。
 知ってしまえば尚更それに甘んじたくはない。 渋る僕に彼は嘆息混じりに視線を斜め上に向け、それじゃあ荷物が濡れたら困るから・と言った。
「…はい」
 これ以上は口応えするのはあまり良くない。 僕は素直に頷いた。
 道中僕は彼に甘える気は毛頭無いし、何より彼だって僕を甘やかしたりしない。 しかし彼が僕を気遣って何らかの提案をしたとき、それを無碍にし続けるような態度は感心しないと以前から何度も言われていた。

 早足で森を進むと、彼が大木の根元に空洞が出来ているのを見付けて指差した。
 その空洞の大きさが丁度僕の身長くらいだったから、僕はそこに入るのが自分になるのだろうと彼の差す指の先を見た瞬間に悟り、心の中で盛大な嘆息をした。
 僕の眉間に皺が寄っているのを見て、彼がやれやれと腰に手を当てた。
「もうじき止むだろう。狭いだろうが我慢しろ」
「いえ、そういうんじゃなくて…」
「何だ」
「……あなたが濡れるのも僕は嫌なんですけど」
「………」
 僕の言葉に彼は眉を寄せて、暫くして「待ってろ」そう言うと腰の剣を抜き、少し離れた場所に小走りで行き、そしてすぐに戻ってきた。
 その手には太く長い茎、その先に大きな丸い葉が揺れている。
「…それ、傘ですか?」
「ああ。 …何がおかしい」
「…イエ、別に…」
 「野生の葉っぱ」を傘と言って手に持ち、大真面目な顔でそこに立っている彼がとてもおかしい。(というか原始的だ) 僕は笑いをちゃんと堪えたつもりだったが、顔はニコニコと笑んでいたようで彼は更に眉間の皺を濃くした。
「それじゃあ、僕に持たせてください」
「いい、自分で持つ」
「だって僕だけ雨よけの場所にいるのに」
 そう言ってわざと頬を膨らませて見せると、彼は「…」無言で傘を僕に手渡して来た。
 僕はそれを受け取って意気揚々と彼の頭上にそれを差し出そうとして、愕然とする。
「………」
「………」
 彼が始めに「いい」と言ったのはこうなることを当然見越してのことか。
 足りない。背が。
 頑張って爪先で立っても彼の頭に辛うじて葉を乗せるくらいで全く傘になっていない。 そもそもこの植物を傘にすることすら不毛であるのだけど。
 この体勢のまま雨が止むまでいられる自信は全くないし、何より現状で迷惑なのは彼だろう。
「〜〜いいです、あなたが持ってください!」
 先ほどとは違い本気で頬を膨らませて押し付けるように彼に傘を返す。
 それを受け取って葉を頭上に翳し、彼は苦笑した。
「だから言ったんだ」
「ですよね」
「拗ねるな」
「拗ねてません」
「…おまえは私の従者じゃない、だからこんな世話は要らない」
「分かってます、ただ僕だけ雨よけの場所にいて何もしないなんて落ち着かないんですよ」
「…それなら今は我慢しろ。 背が高くなったらな」
「それじゃあ、あなたくらい背が高くなれば、そのときは僕が持ちます」
「ああ、そうしてくれ」
「…意味、わかってて言ってます?」
「?」
「僕が大きくなるまでずっと一緒にいるって言いましたよね、今」
「は?」
 彼は本気で分かっていなかったようで、僕の言葉に素っ頓狂な声をあげた。
 その顔があまりに無防備だったから僕も驚いてしまった。 思考の隙を突かれれば彼もこんな顔をするのかと、新たな発見をして嬉しかった。 でもそれは面白いという意味ではないらしい。 胸のあたりが狭くなる甘い感覚に僕は胸をぎゅっと押さえた。
 僕がああ言っても彼はあまり意に介さなかったようで、それからは何も言わなかった。 完全に冗談だと思ったらしい。
 暫く向き合ったまま雨の音を聞いていたが、僕はあの会話を何も残さず終わらせたくなかったので少し勇気を出して口を開いた。
「…あの、」
「…何だ」
「さっきの、約束しても、良いですか」
「――おまえは…」
 不意に、雨が強くなって彼の言葉を遮った。
 僕のいる木の根元も、彼の持つ葉っぱの傘も。 意味を成さないほどに、いやはっきり言えばはじめから僕も彼もずぶ濡れだった。
 そして今、更に雨は降りしきり彼の声をすっかり撃ち落してしまった。 彼の頬から顎を伝い絶えず落ちる雫を見て、視線を数センチ左上にずらせば彼の蒼の目とばちと合った。 何となく彼がすぐに目を逸らすだろうと思ったけれどそうしない。 僕もそうしなかった。 何も言わずにただ相手の目を見ていたので時が止まったようだった。
 その手に傘をまだ持っているからか分からないけれど、彼は顔を滴る雨を拭うこともしない。 僕は彼の代わりにその頬に手を延ばそうかと思ったけれど面白いほどにこの手は拳を握ったまま動かなかった。
(でも、いつかは)
 そんなことを考えてみる。

 雨は都合が良い。 表情も隠し言葉を掻き消してそして立ち位置がこんなに近い。
 先刻の途切れた彼の言葉が気になった。
 雨が止んだら、もう一度訊けば答えてくれるのだろうか。 彼は何と言うのだろうか。雨が止んだら訊いてみよう。
 そして彼の答えを考えると、湧いて来るのは雨が早く上がれば良いという思い。
 けれど視線を落とせば、今こんなにも近い僕と彼の、雨と泥で汚れた靴。 だからこの雨はもう少し続いたって良いという思いだって湧いて来る。
 彼の絶えず雫が流れる頬や首筋を見上げながら、僕は色んなことは大抵どうであっても良いのだと思っている自分を自覚してしまった。 そう、彼の近くにいる僕においては色んなことは大した意味や問題を持たないらしい。 自覚してしまった。








end.




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目標+キーワードは「ちゃんとセオ謎」(笑)
考えたらここのSSって全部シリアスだよな〜と思い、たまにはほのぼのした感じのを!と思ったんだけど…自分のFF4SSの文章とかネタとかがシリアスで定着しすぎててすんごい違和感というかおかしい(TwT)変な意味での初々しさが出てて恥ずかしいわ(笑) 別ジャンルではギャグ:ほのぼの:シリアス指数が1:4:5くらいはあるのに!FF4はシリアス指数10だからね^^(当社調べ)

謎さんは基本的に自分に向けられる好意には徹底的に鈍いと思いつつそれじゃあ天然受け?そんなのキモチワルイ!とも思う…カインは格好良い受けであって欲しいッ(><)
んで人からの好意に鈍いというか単に気付かない振りをしそうだなとも思うし 要はそんなカイン(謎さん)を好きでやきもきするセオドア超かわいい!!っていう話です(ちゃんちゃん)
今回タイトルはCoccoからいただきました。(文のイメージと全然違うけど) 結構セオ謎イメージなんだぜ(なんだってそう聴こえるけど☆)

 09.04.10


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