暮れてゆく



 いつ生まれたのかなど知らない。
 目を開けば世界は広がっていた。
 その眩しさと腹の底に広がる暗黒と、それらを余すことなく享受する自由に酔いしれて、望むままを望んだ。
 目を閉じてこの世界に帳が下りるときが来るなど、想像もしなかった。

 望むだけ望んでも渇きが癒えることはなかったから、いつまででも望んでいられた。満たされないのならいつまでも渇いていられる。そうしてもっともっとと手を伸ばしている様は客観的に哀れだというものだと知ってはいたがそれでも構わずに渇き続けていた。
 身体の底から欲しいものがあり、身体の底から拒絶するものがあった。何故欲しいのかも何故憎いのかも分からない。だからそれを望んでいることが、憎むことが存在理由だと思った。いや、あの頃の自分に『思う』と呼べるほどの思考はあったのかそれすらも分からない。

 この巨大な渇望を、生んだのは彼本人なのに彼はその想いを否定し続けた。だから自分が生まれたのだ。そして生まれた自分は彼と同じ姿をしていたのに、今度は彼はこの姿を捨てて名前まで捨ててしまった。
 そのときに自分の中に湧き上がった黒い炎を怒りや憎しみだと思っていたのに、ただの単なる痛みであったと知ったのは彼が自分を受け入れると言ってからだった。
 彼が取り戻した槍、そしてその手で拾い上げた名前。その名を呼ばれるに真に相応しいのは彼だとばかりに彼は自分が名乗っていた名を呼ばれた。寄り添う仲間。喜びと安堵で顔を綻ばせるかつての想い人。何としても手に入れたかったのに。その人の横で微笑む彼の顔が穏やかにしているから自分はまたあらゆる面から否定された気がした。
 彼女を手に入れたかった。そして彼は彼女を手にしてなどいない。それでいて仲間に囲まれ安堵したように無防備な彼の顔。この痛み。その場所に自分が居たかったと感じ、そしてそれを感じてしまったから。もう自分には終わりが来たのだと分かった。

 分かっていた、待っていても永遠など永遠に来ない。
 終わりが来ないという意味の永遠に、始まりならあるなどと。どうしてそんな勘違いをしてしまっていたのか。

 永遠に渇いていて、永遠に全てを望んでいたかった。欲しいものを手にして憎いものを消したかった。欲しいものは一つだったし憎いものも一つだった。
 思えば何故欲しいのか、何故憎いのかそれを知らなかった自分は、その理由を彼の中に置いてきてしまったのだと思う。彼は望むものを望む理由を、憎いものを憎いと思った理由を、そしてそれらを望めやしない理由を、憎めやしない理由を知っていたのだろう。その蒼い目は澄んでいるし表情は穏やかで、彼は自分を受け入れると言った。否定しないと言われたことで、彼がその言葉を口にした瞬間に、自分の役目は終わったのだろう。自分は彼がその言葉を口にするために生まれたような気がする。許容し、決別し、抗い、享受する勇気を。彼は躓きながらもとうとう手にしてしまった。

 目を閉じないのに世界が霞み、暗転して行く。
 いやこの目に映るすべてははじめから暗く、何より哀しかった。それが消えていく。彼の蒼の目に還って行く。
 自分もそうなるのだろう。悲しみも憎しみも自分だけのものだと、そして忘れ去ることはなくとももう溢れてくることもないのだと、胸の奥に押し込めて自分の名前をつけて歩いて行くことを知った瞳に。
 せめてかつての彼から溢れるだけ溢れた最奥の願い、その中の彼を最も締め付ける一粒だけは持ち去って楽にしてやりたかったのだがもう叶わなかった。
 世界に帳が下りる。さようなら。この言葉でその洛陽を受け入れられれば良かった。なのに声を紡ぐ唇も消えてしまった。歩み寄って自分に彼の名前で呼び掛け、頬に触れた彼女の雫を受け止める掌も、もう無い。
 すべてから少し足りず、そして少しつけ足しただけの願いが彼に還って行く。もう自分は彼から溢れて暗き自由に酔いしれることは出来ないのだろう。
 いっそ弾けて一瞬で消えてしまえばいいのに。そう願う自分には罰であるかのように、とてもゆっくりと透き通ってゆく。彼と離れ一人走り、叫んでいた間の時間よりも遥かに長く。
 彼の蒼の目が一瞬揺れた。澄んだ目。これからはあれが自分の目だと。思えば胸が少し膨らんだ。その姿を、もう消えてしまった目に焼き付ける。
 何も手に入れられなかった世界が、何も消すことが出来なかった世界が。それでも自分の存在を無為にはしてくれず、そのことが痛んだ。
 そしてその痛みを宝物だと主張するかのように慈しむかのように頬に落ちる雫。
 暖かい。それが最後の感覚。そして帳は下りてきた。





end.




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黒カイン→白カイン。
伝えるのが難しい!だからそれ以上に読んでて分かり難かったかもしれませんが雰囲気重視だから良いの毎回。(…)

黒カインは白カイン(っていう表現もおかしいと思うんだけど)から半端に生まれてしまったから、ローザのことももう良いんだよ、セシルも憎んでなんかいないんだよ、ってカインが思っているのが伝わってなくてあんな極端な人になったのでは、というのがマイ見解です。

しかし黒カインは「誰か…とめたげてー!(><)」って泣きたくなるほど痛々しかった(笑)
よく分かってませんが、試練の山で分離しちゃったのが22歳くらい(カインが山に篭ってすぐ)。

そして直後に黒カインの姿に「あんなものを胸の中に飼ってた自分って醜い…」って感じでげんなりしてカインが名前と竜騎士捨てちゃって謎の男になったのかな?って。だから名前をとっくの昔に捨てたって言ったのかな?と。
だから黒カインは22歳のまま、若い青いまんまだからあんな痛々しい…のかな?^^ このSS書いてる時点では時系列そんな解釈です。

 09.03.15


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