深呼吸



 久し振りだなと声を掛けられた。
 振り返ると、エッジとリディアが穏やかに笑いながら並んで立っている。
 カインがバロンを離れてから、もう十何年も経った。皆で旅をしていた時間よりも遥かに長い時間が経ってしまったのだから、記憶の中の二人の立ち居姿は虚ろで、変わったと言われても変わらないと言われても、変化も無変化も探せない。
 ただそれは姿形の話で、共に旅していた頃の思い出と言えるような日々や味わった気持ち、それからの自分なら思い出せる。鮮明に、と言うよりも鈍く胸を突き刺すような、もどかしい懐かしさ。カインは目を細めて今の二人の姿を双眸に焼き付け、そして久し振りだなと返した。
「再会を懐かしむとか。あん時はそれどころじゃなかったからな」
 そう言ってエッジがにまと笑った。
 バロン城で再会したときは正に『それどころではない』状況で、エッジやリディアにとって久し振りに見たローザやセオドアやシドやギルバート、そして対峙するセシルとカイン。状況の激動に言葉を交わすどころか名を呼ぶ暇すら奪われ、そしていつの間にか月にまで来てしまった。まだセシルのことや月のこと、世界の危機を考えると状況は芳しくないが、ここに来てやっと息を吐けたのも事実だ。
「俺達も大概久し振りで結構変わったとこあるけど…お前ほどじゃねーな」
「ほんと、見違えちゃった。カイン立派になったね」
 以前の群青の竜の甲冑からは大きく変わったカインの姿を、二人が上から下までまじまじと眺めて来る。その少々不躾とも言える視線にカインは居心地悪く苦笑した。
「…まぁ、変わったものもあるが。 別に何も変わらないさ」
 そう言って肩を竦めて、また皆には迷惑をかけてしまったなと嘆息混じりに付け足す。二人が顔を見合わせた。
「全く驚いたぜ。ポロムからミシディアのクリスタルをお前が持って行ったって聞いたときにはな」
「でも、カインじゃなかったんでしょう?」
「…いや、俺の弱さが導いた結果だ。今回も」
 きっぱりと答えるカインはあくまで無表情だったのでその感傷は伺えなかったが、リディアは眉を寄せる。自分の所為だと言うカインの言葉を否定すべきかどうか考えるが、結局何も言えずに縋るように横のエッジを見やった。
「ま、自分でケリを着けたんだろ?今回も」
 リディアが不安に感じたような言葉の手持ち無沙汰や、そして彼女がカインに掛ける言葉を探して自分に縋るような視線を送っていることなど全く気付かない様子で、エッジが溌剌と言い放った。
 その言葉にカインは一瞬目を見開き、数秒間を置いて「…そうだな」と頷く。
 その表情が、肩の荷を少しでも降ろせたと言うように穏やかに笑んでいたから。リディアは胸中で安堵に嘆息した。
 思えば十数年前の戦いのときもそうだった。操られ、そして戻って来たカインに対し誰もが言葉を選ぶ余り何も言ってやれなかった状況で、エッジだけが彼に言葉を掛け、そして彼の言葉を引き出してやれた。
(エッジって凄いのね)
 そんな思いを込めてリディアがエッジの横顔を見詰める。その視線に気付いても「…?」その心が分からないようで疑問符を浮かべるので、それが彼の短所でもある長所だと、リディアがくすりと笑った。
「しっかし、ポロムからお前がセシルを殺すとか言ってたって聞いたときはなー…またかよ!って思ったぜ」
 ケリが着いた今だから言うけどな、とからかうように続けるエッジに、カインが眉間に皺を寄せる。すかさずリディアが身を乗り出した。
「またそういうこと言う!…あのねカイン、こんなこと言ってるけど。エッジはポロムからそのこと聞いたとき、『そんなわけない』って信じなかったんだよ」
「げ、それ言うなよ!」
「ほう…それは有り難いことだな、王子様」
 慌ててリディアの口を押さえようとするエッジに、カインもまた揶揄するように言う。
「くー、懐かしい響きだなその人を小馬鹿にしたよーな台詞!まっ俺今は王子じゃねーけどな」
 にやりと笑ったエッジに、急にカインが「…だが、」静かな目で問うた。
「…どうして俺を信じた?」
「……は?」
 質問の意図が分からずに目を丸くするが、カインの蒼の双眸は静かで、表情は真面目だった。


 エッジとリディアのやりとりで、エッジがポロムの言葉を信じなかったという事実を聞いて。カインの脳裏にさっと夜が降りてくるように蘇った、かつての記憶。


 カインがゴルベーザの洗脳によりその手下になっていたとき。虚ろでもその景色や意識は忘却を許さずに烙印のように焼きついている。
 人質として捕らえ、ゾットの塔の中枢に繋いでいたローザの剛い瞳。
 ゴルベーザの四天王に凄まれてもその瞳は揺るがず、カインの吐く残酷な言葉にも凛と胸を張っていた。
 不必要な会話は交わさなかったが、ふと気の迷いで問い掛けたことがあった。
『ローザ、…おまえはこの状況を恐れていないのか』
『ええ』
『…セシルをそれほどまでに信じているのか』
『……ええ』
『…………そうか』
 胸の痛みは鈍くなっていた思考にも直結した。 それだけの会話を交わし背を向けたカインに、ローザが祈るように放った言葉。

『セシルだけじゃないわ。私はあなたも信じてるのよ、カイン』



「…お前さぁ」
「!」
 苦笑混じりに掛けられたエッジの声に、かつてローザに掛けられた言葉の意味を考えていたカインの思考が中断される。
「俺達がお前のこと信用するのはおかしいって。思ってるみたいだな」
「……」
「あの戦いの後、月から帰ってからよ。お前が何も言わずに姿を消したのには…俺はなかなか腹が立ったんだぜ」
「……―――」
「それはなんでだろーな?」
 息を飲んだように無言のまま、エッジの言葉を聞いているカインに、リディアが遠慮がちに口を開く。
「カイン、私たちみんな…ずっとカインに会いたかったのよ」
「…お前、独りで居たとき、俺達とか昔のこととか、思い出したことあったか?」
 十数年前、無言の内にカインが姿を消したことを。当時を思い出してか、エッジの声が口を尖らせた。声が少しの詰るような響きを孕んでいる。
「………ああ、」
 俯いたままぽつりと零れたカインの肯定に、二人が再び顔を見合わせる。今度は少しの喜びを顔に浮かべて。
「…じゃ、充分だな。こうして今お前はここに居るわけだし」
 そう言ってエッジが肩を竦める。
 不意に少し離れた所で彼を呼ぶ臣下の声が遠く聞こえて来た。
「おっと、そんじゃな」
 にまりと笑い、軽く手を挙げてそう言うとエッジが踵を返す。リディアもそれに合わせて歩き出した。
「それじゃあ、またねカイン」
 振り返り、遠慮がちに笑いながら小さく手を振るリディアをエッジが待って、二人が並んで足音を響かせる。

「………」
 お前を待っていたと、シドにもそう言われた。言ってもらえた。
 かつて逃げるように国を後にした自分でも、いつしか国に帰れば皆が迎えてくれるような、そんな夢を見たことは何度もあった。でもそれは確信などではなくあくまでも淡い願いであって、そんなことがあるはずは無いとどこかで分かっていた上での、願いだった。自責の念に駆られて、自分が誰かに信じられていることなど、誰かの心の中に自分の居場所があるということなど。考えもせず、考えてもあるはずないと結論付けるだけだった。

「―――、」
 エッジとリディア、かつて共に戦って辛苦を共にした仲間の。足音が段々と遠くなる。
 カインはふらりと横の壁に凭れ掛かった。膝が折れてずず、と少し身体がずれ落ちる。そして二人の足音が消え、何も聞こえなくなって漸く。左手で目を覆った。爪先から胃の奥を辿り、喉から風が吹き抜けた気がする。
 けれどもう、今は何も聞こえない。







end.




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こんなやりとりがあったら良いなー。という欲望を!まとめてみた(*´ー`*)
カインは世界に自分とセシルとローザしか居ない前提で動きすぎだろ!とSFC時代凄く思っていたので。このメンツになりました(笑)

 09.03.07



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