わかるはずない



 堪らないのは、この状況がずっと続いて行くことだ。
 この景色が、この時間が、この空間の持つ匂いが ずっと続いて行くということだ。

 歩いていれば隣で同じようなリズムの足音が付いて来ることが当たり前だった。
 当たり前すぎて気付かなかったことをふと意識したのは、その足音が刻まれるリズムが段々と違って来たから。横に目をやれば同じ高さにあった両目が少しずつ低い場所にあることに気付いてから。
 そしてその意識が一気に煩わしさを纏ったのは、ふと掛けられた一言。
『あら、パロム。 ポロムはどうしたの?』
 俺の顔を見れば"片割れ"の名前も並べられる。 恐らく"片割れ"も同じような境遇だろう。 一緒に居ることがさも当然のような目でその言葉を言われた瞬間に、俺の脳内で「つがいの実」がちぎれ落ちた。ひとつずつに。

『別に双子だからって必ず一緒にいなきゃならないわけじゃないだろ?』
『俺が何かをするのにおまえの許可がいるのか?』

 別に間違ったことは言っていなくとも、俺が姉に対し吐く言葉は昔からこんなにも低温だっただろうか。昔はよく後ろから小突いて来た姉が、俺の言葉に酷く傷ついたような顔で黙り込むのが多くなったのはいつからだろうか。俺の歩く後ろを当たり前のように追いかけてきて隣で並び立った姉が、時には俺の名前を呼ぶことすら遠慮がちにするようになったのは。いつからだろうか。
 その変化すら煩わしく、そしてその変化を知ってもなお、無変化を続ける周囲の視線も煩わしい。
 道を歩けば姉の名前が出される。なぜ一人で居るのと言われる。自分の身体の奥底で燻る魔力の泉を押さえつけられる。来る日も来る日も姉の隣で祈りを強いられ、とっくの昔に知り尽くした魔法の理論をなぞる。嘆息しても追いつかない。舌打ちしても。俺の欲求がこの場からこの空間からこの平和に平衡した時間軸から外れてしまうことならば、ここに居るならばこの不満は何をしたって埋まらない。嘆息しようが舌打ちしようが、或いは泣き喚いたとしても。
 そしてやはり、一人歩いているだけでポロムはどうしたのと、心から不思議そうに訊かれる日々は続く。


 いつしかセシルに、バロンの士官学校時代の写真を見せて貰ったことがある。正確には一人それを眺めて微笑んでいるのを後ろから盗み見たわけだが。
『兄ちゃんが暗黒騎士になる前か』
『うん。志願したのはこの一年後くらいだね』
『隣で肩を組んでるのは?』
『…親友』
『前言ってた竜騎士の?』
『うん』
 写真に写る二人は肩を組んで楽しそうに笑っている。銀髪と金髪が陽にきらめいている様は写真からでも幸せの匂いがした。
『親友、……ね』
『いつも一緒に居たよ』
 そう言って微笑むセシルはどこか辛そうにしていた。状況を考えれば当然とも言えるし、だが写真に写る二人は幸せそうだから本当に一緒に居て幸せだったんだろう。
 親友とか。いつも一緒に居て幸せだと意識して笑えるとか。俺には解らない概念ばかりで、つまらないというよりむしろ面白くなかった。そしてそんな会話をした直後、セシルがそう言えばポロムは?と訊いて来たから今度はもう笑ってしまった。



 そして出会ったセシルの親友であるという竜騎士は、思いの外一人で居ることの多い人間だった。
「聞いたよ。あんた、セシルといつも一緒に居た親友だって」
 近付いて唐突な話題を出す俺に、竜騎士は首を傾げた。竜の兜を取ったばかりで金の髪が少し乱れているのを気にする様子もない。
「なぁ、親友って、いつも一緒に居るもんなの?」
「…さぁ、分からないな」
 そう言って、親友と呼べるくらいなのがあいつ一人だけだったからと付け足した。苦笑混じりに。
 唐突に近付いてきて唐突に話し始めた俺を訝る様子も無い。あまり物事を気にしないのか。そう考えると俺も気が楽だった。こんなことを誰かに訊いたことなんてないから。
「一緒に居るのが当たり前って思われてた?」
「どうかな、…たぶん。一人で居るとあいつのことをよく訊かれた」
「じゃ、一緒に居るのが当たり前だった?」
 今俺はどんな顔をしていただろう。自分でも自分の声音が真剣だと気付いて胸の中で苦笑する。そして相手は俺の質問に一瞬呆然とした。あまり物事を気にしないのかと思ったがそうじゃないんだろうなと、何となく確信めいた思いが過ぎる。イエスかノーで答えられる質問に蒼の目が考えあぐねているのが見て取れたから。そして二秒ほど間を置いて、彼は首を横に振った。
 ふーん、と意味のない相槌を打った。だが会話は続いて、更に二秒の間の後、とても静かな声で。
「…だが、そうあれたら良かったと…今でも思う」
 そう言った。
 今度は俺が呆然とした。今のは言ったというよりも打ち明けた、の方が状況に当て嵌まるだろう。俺は少し動揺しながらも話の軸をなぞる。
「…そーなんだ。俺には解らないな。だって一緒に居て当たり前って、煩わしいだろ」
「そう思うのか?」
「いつだって俺とポロムは双子だからって理由だけでセット扱いで、一緒に居て当然、一人で居ると珍しがられるんだ」
 思わず力説してしまう俺に「…そうなのか」相手が小さく笑う。喋り過ぎたなと頭の片隅で思うが、別に嫌な感じはしなかった。他人と話せばいつだって気分がざらついている俺にしては珍しいもんだと他人事のように思う。
「一緒に居て当たり前、が煩わしい…か」
 俺の言葉をゆっくりと口の中で転がして、「それは良いことじゃないか」彼は何かを懐かしむような顔をした。
 穏やかに紡がれる言葉が思い出している何かに対してのような言い方だったからか。腹の底がざわりと音を立てた。
「あんたにとってそうだからとか、あんたが昔そうあれなかったからとか、そんなことで得た結果を俺に当て嵌めて言ってんの?」
 明らかに不機嫌に饒舌になった俺に相手は少し目を見開いたが、大して気に留める風もなく、そう思うならそれでも良いと言った。
「だが煩わしく思えるほど今、一緒に居られているなら…それを無くして欲しくないな」
「…だからソレ、あんたの願望?」
「いや、…思い出話かな、どちらかと言えば」
 微妙に噛み合っていないようでも、不特定多数に向けて差し支えないような言葉の選択じゃない。その蒼い目が俺を真っ直ぐに見ているから俺は言葉を失った。そして会話は終わった。
 その蒼い目を忘れられなくなって、そして今まで俺が姉に向けてきた言葉を思い出そうと脳内を探してみたが今では詮無いことだとすぐに思い直して、そして俺はそのときから大して変わらない。


 それから数年が経った。平和に平衡した時間軸、それはほんの少しずつ崩れてはいるものの相変わらず腹這いでゆるりと流れる。そして相変わらず俺の不満は埋められず無変化の波に押し潰されそうになりながら、ありとあらゆることに爆発しそうになりながら、せめてもの思いで日々を踏みしめて靴を鳴らす。
 少しずつ姉のことを訊かれる機会が減った。姉に付いて回られることが減った。日々の務めに不実な俺を詰る姉を低温の言葉で突き放し、直後に自分自身の背中に風が吹いたような空虚が生まれるのも常。堪らない。嘆息しても舌打ちしても泣き喚いても変わらない。だが何も変わらずとも泣き喚きたい。勿論そんなことはしないけれど。

 そんな煩わしい日々の合間。たった数分の会話の中で向けられたあの真摯な蒼い目と、言葉を思い出し、俺は俺自身の"片割れ"の顔を、俺の名を呼ぶポロムの顔を思い出す。傷ついた顔や怒った顔よりも笑った顔を思い出すことが多いのには自分で笑ってしまう。
 そして再建されたバロンの王座に座るセシルに、あの竜騎士はまだ帰らないのかと時々訊くようになって。
 この平和に平衡した時間の流れに棹を差すのはそれくらいだ、希望でも絶望でもなく。







end.




-------------------------------------------------------------------

三人称にしようと思っていたんだけど自分の書くパロム一人称に興味が湧き(笑)チャレンジしてみました。
相変わらず状況・情景を書かずあくまで心情だけ!!に努めたんだけどそれがなかなか難しい!ついつい書いちゃうやつを消しまくってる作業が多いので文章がかなり減る(笑)
時間軸解り難くてすみません;まぁ心情しか書かないと決めた文については後でどんな状況か説明するってのも凹むのでしません(´ー`*)(ォィ)
双子とそれに介入するカインってのがずっと書きたかった…もといカインを介してポロムを想うパロムをね!!良いなぁあ双子(*´∇`*)vv大好き!!

 09.02.19


*close*