エリンジウム散る



「ローザも、きみのこと好きだと良いね」
 そんな言葉があいつの口から飛び出したとき、一瞬足元が崩れたような気がした。

「……は、ぁあ?」
 咄嗟に否定や誤魔化しが出来れば良かったのだが、俺は明らかに動揺していた。 おまえは何を言っているんだという言葉がかろうじて口から飛び出たがこの声音じゃあ肯定してるようなものだ。 現にセシルがおかしそうに笑っている。 頭の奥がくらくらした。
「分かるよ、見てれば。 何となくだけど」
 前から言おうと思ってたんだけどね。 くすくすと笑うあいつは、けれどからかうような笑い方ではなくどこか嬉しそうだった。 益々俺はどんな顔をして良いのか分からない。 どんな顔をすべきだと分かっていたとしてもそう出来るかは定かではないが。
 誰にも言ったことなんかない。 セシルとの会話で俺の口から彼女の名前がそんなに多く出たことがあるかどうかも不明だ。 それはこいつを信用していないとか、そういった類の話を誰かとする気が無いとかそういうことじゃなく、言うべきじゃないから言わないんだ。
「…………」
 言葉を失うとはこういうことを言うんだろう。
 俺は何も言えなかった。 言えるわけが無い。 俺のローザへの想い、そしてローザの心の向く先がどうとか。 そんな話題で、あろうことかセシルに対して。何かを言えるほど俺は強くない。 けれど嘘をついてしまえばそれこそ正に脆くなってしまうような気がしたからそれも出来ない。 だから結局何も言えない。
 俺が眉を寄せて考え込んでいるのをどう受け取ったか、セシルは心配と言うより不思議そうな顔をした。
「そんなに意外? そりゃあこんなに一緒に居れば分かるよ。 僕ってそんなに鈍感そうに映ってるのかな」
 首を傾げるセシルに嘆息を飲み込む。 こいつは本気で言ってるのか。 それなら確かに鈍感なんだろう。 俺の感情の向く先が解るのなら何故彼女の感情の向く先が解らない。
 俺は混沌とした脳内を鎮めるのに少し苦労していた。 何よりショックだったのが、笑いながら俺の前にいるこいつに対して黒々とした想いが腹の底に広がって来ていることに気付いたからだった。
 俺が必死で蓋をして誰にも開けられないようにしていたものをこいつはいとも簡単に開いた。 俺の胸に居るのがローザじゃなかったら、或いはローザの想い人がセシルじゃなければ、たぶん早い時期に打ち明けていただろう。
 俺が何も打ち明けられやしない絶妙の位置におまえは立っている。 俺が大事なのがローザだけなら、ローザが想うのがおまえだと解った瞬間に俺はローザが好きなんだと打ち明けて牽制するべきだったはずだ。 だが俺はそうしなかったしそうするつもりも無かった。 俺が大事なのがローザだけじゃないから。
 おまえを親友だと想って、おまえを大事だと想えば想うほど俺は蓋をきつく閉めたのに。 それなのに何故おまえがそれを言ってしまうんだ。
 そんな想いが脳内をぐるぐると渦巻いている。 色を着けるならば黒のまだらで醜い。 泣きたくなるほど。
 目の前で微笑い、『ローザもきみのこと好きだと良いね』などと言ったこいつは眩しいくらい綺麗だと思う。 だって俺なんかにそんな風に思ってくれるんだ。 俺の都合で胸の内の何も打ち明けなかった俺に。

「カイン、たぶん…僕とカインとローザ、三人でいつも居るから、僕に気を遣って内緒にしてたんだろ?」
 朗らかにセシルが笑う。 俺は曖昧に首を横だか斜めだかに振った。 当たらずとも遠からずだ。
 でももしかしたら正にその通りなのかもしれない。 確かに俺はおまえに気を遣ってたつもりなのかもしれない。 でも俺が恐れたのはローザを想っていると打ち明けた俺からおまえが離れていくことと、そしておまえが横からいなくなった俺からローザが離れていくことと。
 そう俺の欲しいものは結局失う恐怖と引換えにしなければ到底手に入らないものだった。 だから俺は胸に蓋をした。 そして絶望と秘めたまま想う甘くて苦い思慕を交互に味わった。 この位置から動くつもりは無かった。 セシルを想うがゆえに足を止めたつもりになっている俺は醜かった。 そして今、閉めたまま捨てなかった想いを明かされたことに裏切られたような気持ちを覚えている俺は醜い。
 俺の欲しいものは大事なものはとても、もしかしたらたった二つだけかもしれないくらい少ないのに。 俺が想うことで相手が変わってしまったなら、もう片方を失ってしまう。 俺はそれを回避するために何だってして来た。 自分の感情だって幾らでも絞め殺してきたし何も知らない振りだってしたし見ない振りだってした。 それが正しかったとは思っていないが他にどうすれば良いのか解らなかったんだ。
 複雑な表情のまま何も言わない俺に、セシルは俺の心境を自分の思う通りだと決めてしまったらしい。 叱られた子どもを宥めるような、穏やかな声で言う。
「僕はローザもカインも大事だと思ってるし、何よりカインには幸せになって欲しいと思ってるよ。 だから…正直に打ち明けてよ」
 僕の一番の、たった一人の親友だから。 そう言ってセシルは照れたように微笑った。

 俺は何も言わなかった。 ただ下を向いて唇を噛み締めて、こいつの優しさを呪ってやろうと必死で。
 でもそんなこと出来るはずもなく、だからただただ、ひたすら意味も無く自分を呪った。



end.




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エリンジウムの花言葉:秘めたる愛、無言の愛

自分の中の「カイン」という人間がまだ定まってないので(愛溢れすぎて…)
色々書いてしっくりくるものを探してみようキャンペーン。
セシルを凄い奴だとかライバルだとか思っていても劣等感は抱いてないと思います。
「恋愛」「友愛」をない交ぜにした無名の愛情をバロン三人組はそれぞれ他の二人にほぼ同じくらい抱いてるといいなー
それでお互いをがんじがらめにしてしまってて、そんな重いのは自分だけだ…としょんぼりしてると凄く良い(´ー`*)
この話はセシルサイドも書く予定。

 09.01.22



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