初めて冬が好きになった日。


















  + N o e l +


















 朽木ルキアは冬が嫌いだと言った。
「冬と言うか寒いのが嫌いだ。 だから寒い冬が嫌いだな」






 今年もあと残りわずかとなり、今日はクリスマス。
 黒崎家は家中を盛大に飾り付け、昼間からぴかぴかと壁に巡らせたイルミネーションが輝いていて。
 父・黒崎一心を中心に一護の妹二人も加わり、今年のクリスマスも大いに賑わっていた。


「ケーキは準備万端、チキンも後はオーブンから出すだけ…うん、ばっちり!」
 料理当番の遊子が満足げにキッチンから出てくる。
「よし、それじゃ遊子、こっち来てツリーの飾り付けを手伝ってくれ――って、一護のヤツぁどこ行った!?神聖なる家族行事をサボるなんて許される事じゃあねぇぞ!!」
「うっせぇなぁ、今出てくトコだよ!!」
 父親の地響きのような喚きに青筋を立て、一護が2階の自室から顔を出して怒鳴り返す。

「…ったく…」
「そんなに楽しいものなのか? クリスマスという祭りは。」

 がりがりと頭を掻きながら押し入れの中で座っているルキアを振り返る。

「あー、別に。 ホントは宗教の行事だよ。日本人は何でも遊びの祭りにしちまうからな」
「この寒いのに良くやるな…。 この寒い冬に楽しい行事など、全く考えつかぬ」
 押し入れの中で毛布にくるまり、ルキアが身震いする。


「…冬が好きか?」
 不意に問い掛けて来る。

 家の中だし、一護にはそれほどまで寒いとは感じないのだが、ルキアの歯がかちかち音を立てているのが聞こえる。
「別に。 好きってほどのもんでもねぇよ。 家のヤツらははしゃげる行事が多いっつって喜んでるけどな」
「…そうか」
「冬、嫌いなのか?」
「あぁ……嫌いだな。 寒いのは」
「?まぁ、相当寒がりみたいだしな」


 どこか含みを感じるその言葉に首を傾げたが、彼女のあまりの寒そうな様子の方がかえって気になる。
 隣の妹の部屋で上着を拝借しようか、と考えた瞬間、下から父親の怒鳴り声が聞こえてきたので、また彼も怒鳴りながら下へ降りて行った。





「――あぁ、そうなんだよ。 今年はイヴじゃなくて当日になっちまってよ。行けねぇんだ。 …あぁ、悪いな、それじゃ」
 受話器を置き、ふっと嘆息する。


 毎年恒例のイベントとして、友人達で集まってクリスマスパーティーをするというのが常だったのだが。

 普段は家族でのパーティーはイヴで済ませ、当日を友人達と過ごしていたのだが、今年のイヴ、つまり昨日は医院に急患が殺到し、予定が狂ってしまったのだ。
 仕方無しに圭吾からの誘いの電話を断り、リビングに戻ろうとしたとき。



「………………………」



 ふと思い立ち、再び一護は受話器を取り、掛け慣れてすっかり覚え切った番号の元にダイヤルし始めた。





















「ったく、本っ当お前は冷血漢だよなッ!!」
「ンだとコラ! 一人で部屋にいんのは寂しいから自分も混ぜてくれッつったのはテメェだろーが!!」


 月もすっかり高く昇り、はしゃぎ疲れた黒崎家は眠りに着こうとしている。
 不気味なほどに、先程とは打って変わった静けさに包まれているのだが、一護の部屋ではコンと一護が激しく口論していて。

「だからって誰がツリーの中に突っ込んでくれっつったよ!」
「ぬいぐるみの飾りってことにした方が一番自然だったんじゃねーか!」
「テメーあのライトがどれだけ熱いのか分かってねーな! ぐるぐるに巻き付けて押し込みやがって…」
 コンが更に不満を捲くし立てようとした時。
 部屋の窓に小石が当てられ、コツン、と軽い音を立てた。

「…お、帰って来たか」

 コンをわざと踏みつけるように立ち上がると、一護は窓に歩み寄り、ゆっくりと開けると下を見渡す。

 窓を開けて初めて、外は雪が降り始めていることに気付いた。
 冷たい外気と共に入ってきた光景は…。

「!げ、悪ぃ!ちょっと待ってろ!」
 目に飛び込んできた予想外の光景に、一護は慌てて部屋を飛び出した。






「…よう」
「こんばんは、黒崎君!」

「チャドに、井上……」

 はぁ、と大きく吐いた息が白くなって立ち昇っていく。
 冷たく静まり返った道で、同じように白い息を吐きながら織姫が楽しそうに笑った。


「どうしたんだ、何でこいつ…」
 一護が不可解な表情で、サンタの赤い帽子を被ったまま泰虎におぶさっているルキアを覗き込んだ。
 巨体の泰虎の背中にいるため、小柄なルキアの身体が余計に小さく見える。
 泰虎の首にしがみ付いたまま、ルキアは安らかな寝息を立てていた。

「パーティーの途中で寝ちゃったの、朽木さん」
「あ?まさか、酔っ払って…!?」
「いや。 何か色々と楽しそうだった。はしゃぎ疲れたんだろう」
「楽しそうって…」
 一護が訊き返そうとすると、泰虎が小さく笑みを浮かべ、織姫に目で何か促した。

「あ、これ。 みんなからのクリスマスプレゼントだよ。 朽木さんのと、黒崎君のも」
 織姫が笑顔で紙袋を差し出した。

 中にはお菓子や手袋、マフラーや小さなツリーなどが詰まっていて。
 それにルキアの被っているサンタ帽子だ。
 ふわふわした綿毛の部分に紙吹雪のかけらが付いていることから、パーティーの様子が少し垣間見えるような気がする。
「…サンキュ。悪いな、俺行ってねーしコイツ預けたってのに」
 苦笑しながら、一護は織姫から紙袋を受け取った。


「少し、驚いた。 人前で寝れるんだな」
「……あぁ。 俺もびびってる」
「ね、これって何か嬉しいんじゃない?」
 未だに呆然とルキアの寝顔を眺めている一護に、織姫が笑って言った。







「…それとな、」
「ん?」

 部屋にそのまま連れて行く、と言う二人を促し、家の扉を静かに開けようとした時。
 泰虎がふと思い出したようにルキアを横目で見ながら、


「ここに来る途中、一度目を覚ましたんだ。 雪が降り始めた時に」
「あぁ。こいつめちゃくちゃ寒がりだからな。愚痴ってなかったか?」
 一護の言葉に、いや、と泰虎は小さく首を振って。


「こんなに暖かいものだとは、と。 言ってまた眠った」

「……………」


 手に持った、プレゼントの詰まった紙袋に目を落とす。
 すやすやと寝息を立てているルキアの赤いサンタ帽子。
 後ろで寒さの為に頬を赤くしながらにこにこと笑っている、織姫。

 呼吸する度に煩いほどに、白く舞い上がり辺りを曇らせる吐息。
 立ち昇る息とは逆に、はらはらと舞い降りてくる冷たい結晶。

「バカじゃねーの。 何言ってんだろーな、こんな寒いのに」


 笑顔でそう言うと、後ろの二人も微笑った。






 何の音もしない、芯まで冷え切った夜空。


 見上げると、雪と共に笑顔が降りてくる日。



 それが今日だった。





















  終







++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

本誌のルキアのサンタ帽があまりに可愛すぎたので思いついた話(笑


   *閉じる*