何のため?
…きっとそれは、……
+パルス+
長い間走り続け、追っ手を撒いて建物の陰に隠れる。
荒くなった息を整えながら、雨竜が織姫を振り返った。
「…大丈夫、井上さん?肩とか」
「はぁ、はあ……うん、こんなの全然!へっちゃらだよ!」
これまで何度か同じ質問を繰り返してきたが、その度に彼女は変わらない笑顔を浮かべた。
皆と分かれ、二人で行動を始めてどれ程の時間が経っただろうか。
敵の気配がないのを確かめ、暫くここで様子を見ようという雨竜の提案に、織姫はにこりと笑って頷いた。
「…みんなはどうしてるかな…大丈夫、かな…」
休憩するようにその場に屈み込んで、織姫が嘆息混じりに呟く。
その声に雨竜はゆっくりと首を振り、
「……さぁ。 …でも、信じるしかないからね。今は自分達の事だけに注意を払うべきだよ」
「ふふ…うん。 そうだね」
そう言って微笑い、織姫は曲げた膝の上に額を乗せた。
「………」
周囲の様子を伺いながら、雨竜がふと織姫を見やる。
明るく振舞っているし、事実彼女は明るい。
だが、疲れは色濃く浮かんでいて。
夏休みの最初、彼女と泰虎の二人が、夜一との修行に誘いに来た。
自分はそれを断り、一人で修行していて。
彼女達はまた、彼女達で能力を使いこなせるよう、修行しただろう。
こんな普通の、女子高校生であるはずの 彼女が。
「何のために……」
「え?」
ぼんやりと呟いた雨竜を、不思議そうに織姫が見上げる。
「井上さんは、何のためにここまで来たんだい?苦しい思いをして、修行までして……。 朽木さんのためにそこまでする義理が、キミにあるのかい?」
「んーー……何て言うのかなぁ」
雨竜の言葉に、織姫は笑って、腕を前にして伸びをする。
「黒崎くんは…朽木さんを助けるためにここに来てる。…そしてあたしは、黒崎くんを守るために来たの」
「……」
「あ、でもね、もちろん朽木さんを助けたいって気持ちもあるんだよ!…そりゃあ、前のあたしは朽木さんとそんなに仲が良い友達、ってわけじゃなかったけど…」
織姫がそこで言葉を一旦切り、少しだけ寂しそうにな笑みを浮かべて。
「朽木さんて、いつも黒崎くんと一緒にいたでしょ?いつもにっこり笑ってて……でも、朽木さんがいなくなる少し前、一緒にお昼ご飯食べたことがあってね、あたしそのときに初めて知ったんだ」
いつも笑顔で、哀しい顔を浮かべていたことなど
一度もなかった彼女が。
「本当は、笑っていたことなんて…一度もなかったんだ、って……」
普段と同じように、皆ではしゃいでいた自分達を見つめていた、ルキアが浮かべていた笑みが。
すごく、すごく寂しそうだったから。
「あの哀しい笑顔は、黒崎くんや、あたし達がさせていたんだ、って気付いたの」
「…………それが、どうしてキミ達のせいなんだ?」
「ひとり、って、一人でいるときより、誰かといて感じるひとりの方が辛いでしょ?」
自分には、いる。
いつも一緒に笑って、喜びも楽しみも分け合う仲間が。
それに
離れていても、一人でいても。
ひとりじゃないと。
信じることができる
本当に、いつでも傍にいる
親友も。
「朽木さんはきっと、いつか別れるってこと意識して、ひとりでいようとしたんだと思う。…あたし達の誰も、そんな朽木さんを解ってる人って、いなかった。」
それは、とても 哀しいことで。
「友達」がそんな想いをしていることも知らないで。
自分たちは
声を上げて笑って。
幸せな時間を過ごしていたなんて。
「……それで、朽木さんを?」
「ん、迎えに来たの。たぶん……きっと、そうだと思う」
そう言うと、織姫はすっくと立ち上がり、「それじゃあ、そろそろ行こうか!」と、笑顔を浮かべて。
ふとした瞬間だったけど、目に焼き付いている。
ルキアの、あの寂しげな笑み。
そして、彼女がいなくなったときの、一護の―――…
そう、迎えに来た。
少しの正義感、
少しの罪悪感、
少しの痛み、
そして
少しだけの、羨望を連れて。
夏休みが終わったとき、また皆と笑い合えることを願って。
その輪の中の笑顔が
ひとつ、増えるだろうことを、
祈って。
終
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尸魂界から戻ったら、ルキア一護のクラスメイトたちともっと仲良くなるといいなー。
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