最近は不快な音以外聴いたことのないように思う。 基本的に僕の魂とは静寂を好むのだが、ここ数年その好きな静寂に浸ることが許されたことは無かった。 建物が崩れる音、人が地を蹴る音、銃声、罵声、嬌声、悲鳴、断末魔、血が飛沫く音、雨が叩く音、神が語り掛ける声。それは自分の心臓の鼓動と同じくらい。何もかもが煩い。 この場所に辿り着いて何日が経ったのか。止む様子のない雨空を割れた天井の穴から眺める。 悪魔に侵略された街は、雨が降る。叫びすら叩き潰す黒い雨が降り続け、地は血に混じり泥濘に呑まれ、最後の一本の十字架が堕ちるまで雨は降り続ける。雨を止めるには十字架を全て堕とすか、悪魔を全て消滅させるかしかない。少なくともそのどちらかで雨は止む。 僕がこの街に辿り着いたときには、既に「通常の」人間の姿は無く、十字架は次々と叩き壊され、街の中心に位置する大聖堂の壁を悪魔と、それに魅せられた人間が叩き壊そうと群がっている所だった。 壊される十字架が視界に映ると、この胸も同じように突き崩されるような痛みを覚える。それは僕が殉教者たる何よりの証拠である。僕は祈りの言葉よりも二本の腕それぞれに持てる二挺の拳銃を選んだ。それは僕を掴んで放さない神の存在を守る唯一の光を放つ物。僕はそれで守って来た。何をかと言うと、僕の精神を。 雨がしとどと地面を叩く音は、悪魔が血を垂らせながら歩き回る音とよく似ている。その足音や息遣いに比べれば、この手に持つ銃が立てる破壊の轟音の方がなんと清いものか。光が射す。この目にというより、この耳に。 僕が街の中心の聖堂の十字架を護るようになって何日が経ったのか。雨はまだ止まない。 最初は毎日引っ切り無しに十字架を狙って襲ってきた悪魔や、それに魅せられた人間も最近では大分少なくなってきた。雨はもうすぐ止む。次第に僕はこの街を出れば次にはどこに辿り着くのだろう、とそんなことを考えるようになった。 一つ所に留まる気は無い。意味も理由も無い。十字架を護るように、神に祈るように、そういう体を装いつつ彷徨い続けるのが僕のあってないような意味だから。 銀の装飾が成された銃を乾布で拭き、銃弾を詰め替えたところで、今日になって二度目の歩み寄る足音が聞こえた。 ぼたぼたと雨が泥濘を撫でる音に混じり、ずるずると足を引き摺る音。ぽたぽたと血が落ちる音によく似た。そしてこの不快な音にも慣れてきた。 けれど扉が開く軋んだ音と共に発せられた声は僕の耳に慣れないもので、その微かな驚きすらある種の不快だった。 「こんな所で、何してるんですか?」 聴いたことのない声、というよりも、聴いたことのない音。なのになぜか全身が懐かしさで震えた。 僕の魂が叫んでいた。この声に応えてしまえば、僕の中の静寂なる平穏は崩れ去ると。 けれど僕は立ち上がった。そして震える唇を開いて言葉を発した。久しぶりに喉から空気を抜ける感触。 これからは光を、音を、そして心と呼べるような機関が揺さぶられるあらゆる感情に、苛まれることになる。幸か不幸か。不運に。 |