3.Living Dead




 ここの所雨ばかり続いている。
 空気を潤すはずの雨はどこか灰色に澱んでいて、触れていると降られるとこちらまでその色に染まってしまいそうだった。 だから私は極力雨を避けるように、街の壁伝いに沿って歩いていた。効果はあまり無くて、肩から雨を、頭から雫を浴び、足元のどす黒い水溜りも避けられずに結局泥塗れだった。
 街にはヒトの気配は全く無い。見るとどこの家にも屋根や窓にクロスが打ち立てられていた名残がある。これなら滅ぼされて当然だ。クロスの無い家ならば家としての形は残されているが、一目につくような場所に在るクロスは全て焼き払われている。
 黒く焦げた家の割合からしても、宗教に身を投じている者達は相当に多かったことだろう。ならばここまで寂れているのも合点がいく。私の居た街もそうだったのだから。

 私は街の中心に位置する大聖堂に向かっていた。街に足を踏み入れる前から、巨大な建物の上にそびえ立つクロスが見えていたので、目標までは真っ直ぐに歩いて行ける。
 クロスのある場所。聖なる、神の祝福を受けた場所。そこに私が向かう理由は一つ、そこに集うモノ達を根絶やしにするためだ。
 異形の悪魔、或いはその悪魔に魅入られて虜になった人間。私はそれらを分け隔てなく「敵」だと分類している。
 私の街を、家族を、右腕を、私の世界を奪った敵。私の世界を、これまでの生きる理由を奪ったなら、今度は彼らに私の生きる理由になってもらうまでだった。彼らを滅ぼすため、家族の無念を晴らすため、かつて私の信じた神に報いるため。剣を握ること、それそのものが理由。私の握る剣は、私の世界で、私を含む私の世界に存在するモノの中で最も眩い光を放つ、唯一の意味ある物だった。

 しとしとと降り続く雨を避けるのはとうに諦め、堂々と街の真ん中を聖堂に向かって歩く。途中異形の悪魔を見掛けたが、襲い掛かってくることはなかった。私よりも何か気を引かれるものがあるらしく、どこかに向かって歩みを進めている。考えてみる必要もない、巨大なクロスを掲げる大聖堂に向かっているのだ。奴らの目的は、クロスを滅ぼすこと、クロスに身を捧げた人間を滅ぼすことにある。
 同じ場所に向かうが、私の目的と言えば奴らを滅ぼすことにある。私は聖堂を目指し私に見向きもしない悪魔に迷いなく横から剣を振り下ろした。
 雨が絡みつき、速度も力も大分落ちていたが他に気を取られている悪魔を倒すことなど造作もないことであった。一声耳障りな断末魔の声を上げ、悪魔は黒い光と掻き消えた。
「………」
 悪魔は弱い。厄介なのは、奴らに魅入られ虜となった人間だ。焼き払う、殺す、同じ結果を導くにしても、霊体に近い悪魔と思想を持つ人間とでは経過が全く違う。
 人間は何でもし、且つ何をするか分からない。判れないとも言える。更に悪魔に殉じようとする者には懼れなど無い。悪魔であろうと神であろうと、信じるモノがある者にそれの無い者が敵うことあるだろうか。
 私もかつてはその意味で強い人間であった。光を、絶望の淵で差し伸べられる手を、心を覆う雲を突き破る閃光を、この精神に棲まわせていた。そして私はある日を境に、それら全てを憎しみで塗り潰した。
 故郷の街、愛した家族、そして右腕を失った。
 そして私の中に渦巻く怒りと憎しみで剣は鋭さと輝きを増した。私は目的のために、常に呼吸を続ける選択を出来る。この強さの名前をまだ知らない。





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