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 出会いたかったのだから仕方無いきっと







  + And that's all...? +








 今日の考えるテーマは終わりについてです、とひよのが言った。
「……は?」
 いつもながら突然向けられる抽象的なのか具体的なのかよく分からない暇潰しの提案。 それは分かるがどうしてテーマがそれなのか分からない。 カノンは素っ頓狂な顔でひよのを見つめた。
「終わりについて、じゃなければ…自由について、ってどうですか」
「どうして」
 終わりとか。自由とか。 二人で一緒にいて語り合うにはマイナスのイメージの強い言葉。 なぜそれらについて語りたがっているのか、分からない。 むしろマイナス思考に捉えて理解してしまう。 彼女の気持ちだとか、そういうものを。
 自由になりたいということは、つまりそれは。

「カノンさん、私って…私たちって、自由でしょうか」
「……どうして」
 承諾する前に「今日の考えるテーマ」が、彼女の時間つぶしの提案が通ってしまった。そうなればカノンが軌道を変えることは出来ないし、変えようと試みることもない。だからそのテーマに沿って考える。
 カノンとひよの、そういう「私達二人」が自由なのか。
 傍から見て二人が個人的に好きなことをしていることが自由なのか。
 もっと深い部分で、辞書に載っている言葉の意味を覆さんばかりに考えて考えて考えることを要するくらいの自由なのか。
 ただ考えようとしても、どうしてこのことについてひよのが考えるのかが分からないから。或いは分かる気がするから。
「どうして?」
 出てくる言葉はそればかりになる。
 益々怪訝そうに眉をひそめるカノンに、ひよのはさも当然のようにさらりと言った。
「だって、私の心の中には カノンさんがいるじゃないですか」

 出会った瞬間に変わって。
 知ったことによって記憶になって それがいつしか血肉となって精神をかたち作る、 そんな工程を踏まえたかどうかは分からないけれど。
 確かにこの胸に残るものが出来た、望まずとも 出会ったことによって必然的に。
 色を変えて 温度を変えて これまでの歩いた道筋以外の全てを、変えた。
 望みなどしなかったのに。

「ひよのさんは自由にしてるじゃない」
「自由に 見えますか?」
 ひよのの目が涼しく揺れた。この目がとてつもなく苦手だ。そう感じたのは何回目のことだろうか。 カノンは無理やり視線を外すと、反対の壁を眺めながら自嘲気味に笑った。
「だって、僕が抱き締めたって何したって、キミのことしか考えてなくたって キミは自分で好きなことを考えてる」
「考えてますよ……あなたのことを」
「嘘だ」
「嘘じゃありません」
「どうして嘘じゃないって言えるの」
「だって、」
 そう言って小さな拳をぎゅっと握り締めた。 震えた手元からじゃらりと金属の重い音が響く。
 その手首には黒い鎖が重々しく壁の杭に繋がれていた。

「だって、私はこんなにも不自由じゃないですか」

 その目には実に色んなものが映って見えた。そしてそれが気に入らなかった。それだけだった。
 奪ったのは身体の自由。
 でも、奪えたのは身体の自由だけ。

「不自由って言うなら僕がそうだ」
「……」
「僕はこんなに、キミのことしか考えてないのに。キミの為にしか生きてないのに」
「…カノンさん、あなたは私の身体を閉じ込めて…あなたの心まで、閉じ込めてるんですよ。あなたが」
「だめだ、言ってることが全然分からない。怖いよ」
 ひよのの投げ掛けを言葉で遮って、頭を振る。 カノンがひよのをこの四角く低温の部屋に閉じ込めてから、ひよのはほとんど口だけを動かして時を過ごしている。毎日決まったテーマを投げ掛けて、カノンと心の遣り取りをする。そうしているだけの毎日。
 ひよのはこれまでに、この部屋に閉じ込められた初日以外では一切カノンの行動を咎めたことは無い。 だから今日になって彼女が「終わり」だとか「自由」だとか そういう言葉を口にするということは、嫌でも理解せざるをえない。 限界が来ているのだと。
 今までその言葉を出されるのをずっと恐怖していた。
 カノンは一瞬泣きそうな顔そして、すぐにその顔を両手で覆い首を振って。 子どものように拒絶したが、ひよのの瞳はただ静かに。

「カノンさん、私を自由にしてください」

 引き金の言葉。
 終わりを願われることがこんなに辛いものだとは。
 勝手に閉じ込めていたものに、内側から檻を破ろうと足掻かれて傷つく。傷ついた。傷つけたのと同じくらいに傷ついたかは分からないけれど。
「カノンさん、そしてあなたも自由になってください」
「キミを忘れろって言うの」
「そうじゃありません」
「どうして…」
 僕はキミに望んで欲しかっただけなのに。
 掠れた声がほんの80センチの距離に沈む。
 ひよのは少しだけ苦しそうに眉を寄せ、ゆっくりと細い右手をカノンに差し伸べる。 そうここに来て一層白く細くなった。それを咎めたことは一度もない。機会があったとしてもそうしない。憎いのではなくこんなに哀しいのだから。
 ひよのが手を延ばしたことでその腕を繋いでいる鎖がじゃらと鳴った。その音すら自分の全てを拒絶しているようで、カノンはさっと身を引く。
「ッ、もう全然分からないよ…っ」
 3歩後退さった先にある机にぶつかる。その中には小さな、けれど確実に人を殺せてしまう黒い凶器が眠っている。ひよのをここに連れて来て、ここに繋いだその日以来閉まったまま忘れていた。
 それを一瞬で思い出し、白く靄がかった思考のまま引き出しを開ける。黒いそれは重みを感じはしなかったが握る手がかたかたと震える。
「……カノンさん」
「僕は…ただずっと、キミと…」
 二人の存在、それだけでは足りなかった。否、多過ぎた。二人の存在だけあればそれで良かった。
 少し壁を外せばそこには彼女の世界が待っている。自分以外の彼女を待つもの、彼女が待つもの。それが存在するということが耐えられない。
 手が震えた。
「いつまでもこうしていられるって、思っていたわけではないでしょう?」
「い、られるさ…っ」
 ひよのに向ける小さな銃がカタカタと震える。それを哀しげに見つめながら、ひよのはカノンの背後にある窓から空を見つめた。
 満月には少し足りない、銀の月。それ以外は漆黒。
 随分とここで、昼と夜を把握するだけの時間を過ごした。目の前の人間と共に。目の前の人間によって。それをどうして咎めないか、その理由がどうしても伝わらないから終焉を感じたのだ。
 小さく息を吐くと、ひよのがカノンに笑いかける。
「夜明けを迎えない方法なら存在はしますね」
 例えばその手の中にある。
 視線でそれを訴えるひよのに、思い詰めた表情のカノンが静かに息を詰めた。

「けれど…同じ夜の中に、二人で留まっておける方法なんて存在しないんですよ」

 どうあっても私たちはお互いに命を直結させることが出来ない。その意味で自由。
 そしてそうあれば良いのにと少しでも願ってしまうくらいには、不自由。

「……」
「私はただあなたと、毎日…毎日じゃなくても、会って笑い合って言葉を交わして、それを繰り返して行きたかっただけです」
「だって…それじゃあキミは僕以外のことばかり考えるじゃない…僕はキミのことしか考えてないのに」
「…あなたはそんな風に、あなたのことばかり考えたじゃないですか」
「………」
「この部屋に来てから、私をこの部屋に繋いでから。 あなたはずっと私のことを考えず、忘れていられたじゃないですか」
「………」
 銃を握るその腕でカノンが顔を覆った。
「…そっか」
 そのまま床にしゃがみ込む。

「キミ以外のこと考えるようになったら、終わりだと思ってた」

 とっくに終わってたんだね。
 そう言ってカノンが泣いた。
 鎖が外されて、自由になって はじめてひよのも泣いた。







 僕はこれまで何度 君を忘れて来た?
 でも数え切れないくらい思い出して来たよ。
 今だってきっとそう、君を緩やかに忘れて行く
 同時に 鮮明に思い出しつつある君の極彩色の縁取り
 もうすぐ
 そう今すぐ
 消えて行く
 忘れて
 思い出して
 君の魂を胸に抱いた(と思っている)まま
 消え爆ぜて



 そして
 これで終わり。






「……カノンさん、」





 涙が見えたり
 見えなかったことで不満を覚えたり

 ほらこんなにも 出会うことによって



 こんなにも不自由。











 終







五年…五年かかったよこのお題終わらすのに!(泣笑)
ラストは原点に戻ったものを書こうとずっと決めてました。まぁ原点って言葉を使えるほど時間は…経ってるか、五年だもんな(笑)私のカノひよ原点ってこういうものだと思うんだ。
でも本当あの頃の文章に勝てないなぁって本気で思います。だからちょっとノスタルジーと壁を同時に感じてる原点に戻った話。笑

イメージカラー…黒
イメージ花…彼岸花
イメージソング…「うたかた。/Cocco」

こんな感じ。笑
きっとこの後ラブラブなものが書きたくなるんだろうなぁ(´ー`*)
最近は哀しいものだったとしても明るめのものばかり書いてたから、こういう病的な感じのはもう書けなくなってると思った。
へぇまだ自分こんなの書けるんじゃん!とか勝手に感心してます(笑