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 なぜ忘れられない
 なぜ覚えていられない








  + 記憶 +








 分厚い日記帳の最後のページ。
 ペンを持つ手がさらさらと機械的に動き、行が次々と埋められて行く。
 あまりにも習慣になったその「日課」は、何の感慨も湧かず自分でも滑稽に思えた。
 でも
 私はこの日課を、もう何年も捨てられずにいる。


「また新しいの買い時ですね〜…」
 3行だけ残して、今日の日記は締められた。
 ふぅ、と嘆息して日記帳を胸に寝転がると、となりのカノンさんが苦笑する。
「相変わらず凄い勢いでページ埋まってくよね…一冊何日分?」
 その言葉に私はぱらぱらと軽く日記帳のページをめくった。
「80ページが…大体8日ですね」
「早っ」
「そうですか?」
 驚愕と感心、そして「ヒく」という様子を同時に見せたカノンさんに、私は首を傾げる。
「毎日そんなに書くことがあるの?」
「ありますよ〜。 忘れたりする分も含めると、書き留めておきたいことはもっともっと多いんですよ」
「………」
 カノンさんは暫く沈黙した後、「…前から思ってたけど、」感慨深く口を開いた。

「どうして日記つけてるの?」
「う〜ん…昔からの習慣もありますが。 一番は、忘れたくないからですね」
 私はちょっと考えた振りをして答える。
「この記憶から消えちゃったら、無かったことになるんじゃないかと思うと 怖いんです」
 実は考えなくても答えは決まってます。
 どんなに考えても突き詰めていっても、理由なんて『怖いから』この一つに行き着くだろうから。




 確信さえあれば。
 失わない、消えない、離れない、
 そんな確信さえあれば。
 言葉も景色も顔も、安心して全部忘れることが出来るのに。

 私はどんな幸福の中でも、いえ幸福の中だからこそ、
 それを失う恐怖、それが消えてしまう不安、それが私を見捨てる虞れ
 そんなものたちに がんじがらめにされてしまう。

 過去を語らうこと、明日の約束、今繋ぐ手

 そんなものたちに 私の心は解き放たれる。




「あなたのこと、あなたとのこと 忘れたくないんです」

 だって、こんなにも 幸せだから。




 独り言のように呟いた私の言葉に、カノンさんはひどく嬉しそうな顔で。
「そんな風に思ってくれたなんて、 すごく嬉しいな」
 可愛らしいとも思えるその言葉、その笑顔。
 そんなカノンさんを見て、私も心から微笑んだ。


 そして彼の目の届かない深遠で、ぽつりと一つ涙を落とす。
 ありがとうもごめんなさいも同時に降ってくる。



 『あなたのことをずっと忘れたくない』



 あなたのことを想うと安らげないから
 こうしてあなたの言葉を あなたの顔を あなたの手の温度を

 抱きしめてしか居られないんですよ。

 いつまでもいつまでも記憶の中で頑なに



 (何にもかえがたい 宝物のように)














 終






こんなんじゃ記憶の中でひとりぽっちになっちゃうよ・
とは思っても、ひよのさんの気持ちは分かりすぎるほど分かります。
好きになったら負けよね…オワーン