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 あとひとつ あなたとわたしに足りないものは







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「………」
「………」
 重いのか軽いのか分からない、なんとも形容し辛い沈黙が流れている。
 ある日の新聞部室。 何食わぬ顔で手を握ってきたカノンを、ひよのが大袈裟なほどに振り払ったことから始まった。



「今の振り払い方はないんじゃない?傷ついちゃうよ僕」
「女の子の手をいきなり握ってきて何ですか。セクハラで訴えますよ」
「たまにはさー仲良くイチャイチャしたいじゃない・ね」
 語尾にハートマークをつけてウィンクするカノンに、ひよのが半眼で嘆息した。
「な何がイチャイチャですか!」
「だって、ねぇ」
「トロけるような笑顔で言ってきても駄目です!」
「僕のこと好きなくせに」
「……私としては、カノンさんのそういうところが嫌いなんですよねぇ」
「僕としては、僕のそういうところが嫌いなひよのさんが好きなんだよね」
「…………」
 辛辣な言葉のレパートリーでは負けない自信があるが(それもどうかと思うが)、こんな言葉遊び染みた掛け合いではカノンはなかなか手強い。
 バカなのか賢いのかもよく分からないので余計に相手しづらいということもあるが。
 ひよのはこれ以上の応酬は臨めないと理解したのが、ただ嘆息しただけで口を噤んだ。
 しかしそうなると相手の方が黙っているはずがないわけで。
「あれー?黙っちゃって 嬉しかったりするのかな?」
「ほんと むかつきますね」
「ふぅ、分かったよ。それじゃあひよのさんに回答権をあげようか」
「何の話ですか」
「照れ屋さんなひよのさんに、僕への告白タイムを作ってあげるってことだよ」
「カノンさん……大丈夫ですか?」
 そろそろ本気でウザイを通り越して心配になってきてしまう。
 眉間にくっきりと皺を刻んでいるひよのの感情を読めるのか読めないのか、尚もカノンは上機嫌で続けた。

「それじゃねー、好きなら「スキ!」で、嫌いなら「キス」でいこうか」
「……………」
「……ん?どうかした?」
「とりあえずこれに突っ込んでみましょうか…。 スキとキスを掛けたんですか?」
「分かった?」
「………」
 突っ込みどころは多々あるが、ひよのはとりあえず彼にこれ以上何を言っても「脱力系」の答えしか返ってこないことを察する。
「……ぁ、…」
 二秒ほど置いて、俯くと小さな声で何事かを呟く。
「ん?何?」
 愛の告白だと信じていたらしいカノンは、期待たっぷりに右耳に掛かった髪を掻き上げながら、下を向くひよのの口元に顔を近づけた。
「―――え」
 時が止まること0.4秒。
 少し身を屈めて耳を寄せたカノンの頬に、ひよのの唇が掠めた。
 驚いてカノンが数歩後ずさった。
「え…え」
「カノンさんなんか大嫌いですよ」
 いー、と歯を見せてひよのがくるりと踵を返す。
 顔を背ける一瞬、その頬が耳まで真っ赤になっていたのをカノンが見落とすはずがなく。
「ひよのさん」
「なんですか!」
「んじゃ僕から」
「〜〜〜〜〜〜〜ッ!?」
 後ろから羽交い絞めにする勢いで抱き締めた後、無理やり首を回して唇を奪った。
「―――――…」

 時が止まること約7秒。

 止まった時が動き出したのは、ひよのの拳がカノンの頬を捉えてからのこと。
「…いったー…」
「今のはカノンさんが悪いです!」
「グーで殴りますか…」
「カノンさんが悪いです!大体なんで…」
 肩で息をしながら喚く途中、続く言葉を言えずに口ごもる。

 そのキスの意味は?

 どうして言葉じゃなくてキスだった?

 だってあなたは、私のことを。




「…何?」
「……あー、いいですもう!!」
 ぶんぶんと頭を激しく振りながら、ひよのが両手で頬を押さえる。
 当分この熱は引かないだろう、と頭の片隅でぼんやりと考えている自分がいた。
 そんなひよのの様子を見て、カノンがふっと笑って言う。
「なんでスキじゃなくてキスだったのかって考えてるでしょ?」
「まっさっか!!」
「僕はねー、したかったからしたんだよ」
「…………」
 朗らかに、にこやかにさらりと言い放ち、カノンは何食わぬ顔で部室を出て行ってしまった。

「…………………」
 パタンと扉が閉まって数秒後、ひよのがその場に呆然と立ち竦む。
『したかったからしたんだよ』
 その言葉を思い出すと、無意識に指先で唇をなぞっていた。
「……!」


 私もですよ、なんて
 絶対に言えるはずがない。

「もー、カノンさんなんて大嫌いですよ」

 はっきりと口に出す独り言。
 さあ、これは本日何度目の嘘だろう。


 当分、この熱は引きそうにない。











 終







キライ・キライ・キス
可愛い・かっこいい・カノン

どっちでもいいです(笑
↑なテーマってのはお題始めた当初で決まってたのに非常に難産でした。
シリアス〜な話の予定だったのにこんなになっちゃった!
私にしては珍しいテイストだと思うんだけども カノ←ひよ寄りだとひよのさんが乙女っぽくなるので結構いやかなり こういうのも好きです(*´ー`*)