20


 自分には何が見えていないのかも分からないほどに、
 まるですべてが見えなかった。








  + モノクロ +








 夢を見た。





「泣いて、いいかな?」
「ダメですよ。 せっかくの景色が見えなくなるじゃないですか」









 今までこの視界は、色というものを知らなかった。
 自分にとってすべては等しく無意味で、無価値。
 あるいは、自分以外はすべて輝いているのかもしれない、別世界の存在。

 どっちだろうと構わないけれど。


 毎日変わらない、この目に映る景色。
 空は白く、地面は黒い。
 空から降る光は黒く、自分さえも黒く塗り潰してしまう。




 すべてが「不必要」の対象で、
 すべてが同じに見えた。






 いつからだったろう。
 そんな自分の世界に、一筋ずつ、色が注ぎ込まれるように「何か」が入り込んできたのは。





 真っ白な手に黒くこびり付いた血。
 その手に漆黒の銃を握って。
 必死になって否定した。 希望と名乗る「何か」を。













 自分を足止めするため、自ら切り裂かれた腕。
 その深い傷に包帯を巻き、腕をそのままシーツの中に入れると、カノンは小さく嘆息した。

 真っ白の部屋、真っ白な包帯、彼女の顔もゆるやかな髪も、同じように白と灰にしか見えない。

 ぼんやりと自分の目を覆うと、不意に下から擦れた声が聴こえた。

「…カノン、さん」
「…………」
「何の、真似…でしょうか?」
 視線だけを動かせ、自分の状況をゆっくりと分析した後、ひよのがくすりと微笑って言った。

「………キミは何も解っちゃいない」
「…?」
「ここまでの行動も全て無意味だということも。 僕達の問題がどれだけ救いようのないものであるかも。 何も…」
「そうですねぇ。 …私もあなたも、解ってないことだらけですね。 でも…」


 あくまで穏やかな笑顔を浮かべ、ひよのがゆっくりと視線を窓の外の青空に向ける。
 そしてゆっくりと瞬き、今度は視線をカノンに移し、ふっと微笑って。

「私が解っていないことよりも、あなたが解っていないものの方が、重要問題だと思いますよ」
「…どういう意味だ」
「今に解ります。 それじゃあ行ってください、救われに」
「…………」

 そう言って最後にもう一度ゆっくりと笑うと、ひよのは目を閉じて。
 カノンは鎮痛な顔で頭を振り、苛立った様子で舌打ちした。

「…キミが目を覚ました時、いったい誰が勝って誰が負けたかを知るだろう」
 あるいは、―――――


 そう呟いて、銃を手にし、最期を誓って。






 あれからどれだけの時間が経ったのか。














 置かれた部屋は壁も、椅子も全てが白く、やはり色などありはしない。
 身体中の痛みが消えると、やはり何も残らない。
 椅子に座り、息をして。
 鉄の格子越しに白い廊下を眺め、ただ空虚な時間と呆然とした空気だけが流れていくのを感じるだけ。

 でも。


「やっぱり賭けは私の勝ちでしたね」



 聞き覚えのある、ひどく懐かしい声と共に。

「どうですか、カノンさん。調子のほうは」

 楽しげに鈴が鳴る。
 風もないのにさらりと蜂蜜色の髪が揺れ、細められた深い茶の瞳が涼しげに自分を覗いた。
 その目に映る自分の顔が、ひどく驚いた顔をしているのがとても可笑しかった。




   どこかでけたたましい音を立て、叫び声を上げ…あるいは歓喜の泣き声を上げて。
 張られたガラスが割れ、壁が崩れ落ちて行く音が聞こえた気がした。









 やっと、長すぎる悪夢から覚めた。











「ひよのさん…――泣いて、いいかな?」
 そう尋ねると、ひよのは夢とは違い、くすりと笑って。

「どうぞ。 これから殺したり傷ついたりひがんだり卑屈を言ったりする以外のことを、いっぱいできますから」





 暗黒の殻を破った、極彩色。
 この色に名前はなく、
 この感情に不変もなく、


 絶望と、希望を否定するその絶望のしじまに、彼女が見せてくれた


 瞬きすら、惜しいほどの。


















 終











ちょっと書いてみたかったひよのさん崇拝小説。じゃなくて詩小説。(…)
すみません、これは私の理想カノひよではありませぬーひぃ!(汗)
てかこれは小説というか…使いたい言葉を繋げていっただけな感じ…
あの保健室で何かあったら良かったのにという妄想から。(?)