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 たった一人の存在で世界がこんなに変わるなんて。








  + 涙 +








 冗談じゃないと思った。

 どうしてあの人間が自分の脳内むしろ胸中を占めるようになっているのか。
 気付いてしまったら後はもう。
 落ちるだけなのだが




 落ちたくはなかったわけだ。





 よりによってあの男に。















「あぁもう…さいっあくです…」
 とぼとぼと。 どこかも分からない道を歩いて、できるだけ彼から離れようと。


 「あの人」に精神支配されるくらいならば 全て無くなってしまったほうがマシだ、と
 自分自身に豪語して  無気力を装ってきたけれど。






 そうなれるはずがない。






 どんなに無表情を繕っていても
 ふとした瞬間 あの顔が浮かぶだけで もうだめなのだ。






「さいっあくです…どうして……どうしてこんな………」
 痛い。
 こんな感情は自分にはいらない。


 懐かしい。
 恋に夢見る美少女を名乗っていた自分はどこへ行ったのか。






 苦しい。
 痛い。
 わかってる。 どうしてこんなに苦しいのか。


 わかってる。






 ふと目に入った公衆電話。
 ふらふらと中に入り、忘れない番号をダイヤル。

 5回 呼び出し音が鳴り、ちゃりん、と電話の中でコインの落ちる音。

 そして




『もしもし』

「………………」

 声が出ない。

『…もしもし?』

 用も何も無い。
 何か  試したいことでもあったのか。

 次の瞬間には 自分が何を試したかったのか嫌と言うほど自覚することになるのだけど。




『―――ひよのさん?』

「……っ、」

『ひよのさん  だろ?』






 どうして。



 どうして胸が痛い。









 どうしてこの男で胸が痛い。













「―――っんで…」
『え?』
「どうして分かるんですか…」
 自分の名前が画面に出てきたわけでもないはずなのに。
『さぁ…そんな気がして。 どうしたの』
「カノンさんのバカ…! どうしてコール5回も待たすんですかっ」
『そんな、5回もって…』
 電話口から苦笑される。
 全然笑えない。

 苦しい。



「あぁもう知りませんっ どうして私だって分かるんですか、カノンさんのくせにっ」
『僕だからじゃない?』
「……うぬぼれですよ」
『はは…どうしたの、ひよのさん? 何かあったの?』
「大ありですよっ!でもカノンさんには関係ありませんっ」
 とりあえず嘘。

『ふぅ…じゃあ今そっち行くから。どこにいるの?』
「あ…――」

 ブツン、と一回。
 そしてツーツーツー…
 空しさをそのまま表したような音。



 携帯は家にあるし。
 小銭ももう尽きてしまった。
 別に遠出してるわけじゃない。
 もう帰ろうか  自分は一体何をしているのか。





 考えながら
 電話ボックスの中でうずくまる。


「…何なんですか、一体…」




 ひとまず、自分の中でありえない事態が起こっている。
 緊急事態。
 どうにか出来るのはきっと  この事態を起こした張本人だけ。



 ガンガンと痛む頭をぺしぺしと叩きながら、すっくと立ち上がる。


「あぁもう さいあくです!!カノンさんの大バカ!!!」

 人通りがないのをいいことに、叫びながら電話ボックスを出た瞬間。



「…なんで僕が大バカ扱いされなきゃならないのかなー…」
「!!なっ、」

 走ってきたのか、少し肩で息をしながら、カノンがそこに立っていて。
「どうしたの」
 苦笑を浮かべながら 一歩一歩近づいてくる。



「――、―――っ」
 後退さった拍子に電話ボックスの壁に背中を思いきりぶつけるも、それも気にならないほど。


 心臓の音が


 音  が。






 この声がだめだ、
 この空気がだめだ、
 この笑顔がだめだ、
 この形がだめだ、

 この存在が  だめだ。





「!ちょ、ちょっと!なんで泣いてるの――」
 ぼろぼろとひよのの頬を伝う涙を見て、カノンがぎょっとする。
「あぁもうっ!!知りませんっ!もうどっか行ってください!!カノンさんなんて…っ」
 顔を真っ赤にして駆け込む先は出てきたばかりの電話ボックス。



「…もう、一体何なのさ…本当に」
「………知りませんよ…」


 端から見れば実に滑稽だろう。
 電話ボックスのドアを挟んで背中合わせ。
 二人座り込み、周りは静かで
 ひよののしゃくり上げる泣き声が聞こえるだけ。



「なんで…ここに来れたんですか…」
「…聞くまでもないんじゃない。アンテナアンテナ」
「……頼んでませんよ  帰ってくださいよ、…!」
「一緒に帰ろうよ」
「なんでっ!」
「だってホラ、泣くほど好きなんだって分かっちゃったらねぇ」
「…なんですかそれは…っ うぬぼれも…いいかげんに…」
「本当に自惚れ?」
「……………」













 気付いてしまったら後はもう。
 落ちるだけ。







 冗談じゃない。




 そう






 冗談では   ない話。


















 終











爆笑。すみません。


萌え探求じゃないですが色んなひよのさんカノンさん発掘のために危ない橋を渡ろうキャンペーン。
新たな萌えを探す旅の最中。

今回は優男風(爆)ヒルベルトと俺様風味ひよのさんで。

ありえないですね。
…本当に  ありえないですね…(滝汗)