暖かいだけじゃどうしようもないけど。
冷たいだけなら もっとどうしようもないじゃない。
+ 冷たい手 +
「ちょっと…いいですか?カノンさん」
「ん?なんだい?」
冷たい風が頬の温度を奪って行く。
ひゅうひゅうと音を立てて風が抜ける窓際。
そこに二人並んで。
「…どうして、さっきから掴んでるんですか、私の手」
「それを言うならひよのさんだってそうじゃないか」
「あなたが繋いでるんです、勝手に」
「じゃあ振り解いてみなよ」
「できるわけないじゃないですか。私は女の子ですよ」
放課後の教室。
白いカーテンが風に弄ばれて波打っている。
そして二人、じっと動かずに手を繋いだまま、教室の窓辺に立って。
「カノンさんが飛び降りちゃわないよう、こうして止めてるんです」
「それはこっちの台詞だよ。抜け駆けはさせないよ」
「どーでもいいですが手冷たいですよ、カノンさん」
「どーでもいいなら言わないでよ。負けずに手が氷みたいなひよのさん」
無粋な顔で言うカノンにひよのがむっとし、手を振り解こうとぶんぶんと振ると、カノンはひよのの右手を握る左手の力を更に込めた。
静かな瞳に見据えられ、ひよのも手を解くのを諦め、静かに手を降ろす。
「……何を根拠に私が飛び降りるだなんて」
「それもこっちの台詞」
「カノンさんが飛び降りる理由だなんて、あなたがカノンさんだってことだけで十分です」
「それもこっちの台詞」
「台詞くらいご自分で考えたらどうですか」
「こんな会話にオリジナリティーなんていらないだろ」
「それもそうですね。どーでもよくないんですが手、冷たいですよカノンさん」
「どーでも…よくないの?」
先ほどと同じ調子で言われ、また同じ調子で返そうとしたカノンが、一瞬きょとんとした顔でひよのを見やる。
「よくないですよ。なんで暖かくないんですか」
「こんな寒いのにひよのさんが窓開けてるからだよ」
「それ関係ないんじゃないですか?あなた自身が冷たいんですよ」
「じゃあ抱き締めたら暖かくなる?」
「寒くなりますね」
「そっか、じゃ止めとこ」
「止めといてください」
「じゃあやっぱ止めない」
「っ、」
無表情のまま、カノンがひよのの細い体を抱き締め、そのまま抱える格好で窓から外に身を乗り出す。
「ここ、何階?」
「4階ですね」
「一緒に飛び降りる?このまま」
「カノンさんなら無事でしょうねぇ」
「さぁ…やってみれば分かるね」
ひよのも無表情、カノンも無表情に。
ただ言葉と言葉だけが行き交う会話。
そのままの体勢で、カノンがぐぐ、と身を更に窓から乗り出す。
既にカノンが腕から力を抜けば、ひよのはまっ逆さまに下に落ちてしまうだろう。
「本当に落ちるつもりですか?」
「やりそう?」
「さぁ。でも、構いませんよ。私だけ落としてくださっても」
「それだけは嫌」
「どうして?」
「僕が悲しむ顔が見たいの?」
「私が死んで悲しむカノンさんの顔?それは死ぬほど見たいですねぇ」
「何それ?どういう意味?」
「さぁ。でも悲しむというよりも悔しむ、っていうのが本当でしょう?」
「何それ、どういう意味?」
「さぁ。それより落ちるんですか?」
「ううん。」
そう言って口の中で笑うと、カノンは腕にぐっと力を込め、乗り出していた体を持ち上げる。
そしてそのまま教室の床に、ひよのを抱き抱えたまま倒れ込んで。
「死ぬよりは、一秒でも長くこうしてたい」
「…冷たいですよ、カノンさんの体」
「どーでもいいんでしょ?それより、どうして手そのままなの」
「どういう意味ですか?」
「どうして抱き締め返してくれないかなぁ」
「どーでもいいことですよ、それこそ」
全開の窓から、カーテンを押して入り込む風。
カノンに下から抱きすくめられまま、動かないひよの。
ひよのを下から見上げたまま、動かないカノン。
風に遊ばれるカノンの前髪。
伏し目になったひよのの睫毛も翳って。
熱のない声。
熱のない吐息。
熱のない腕、
熱のない胸。
白いカーテン、
暗い教室、
黒塗りの床。
こんなにも、すべては冷たい。
終