08




 所詮は違う生き物だし
 喜びも悲しみも幸せもそれぞれで感じるものだし
 だけど  だから








  + 境界 +








 生きているというのは何かと不安定なもので。
 何かとくっついていたり、もたれかかっていたり
 溶け合っていたり
 一つになれたらどんなに楽だろうと思う。


 でも 一つになどなれやしないのだ。





「ひよのさん、手繋いでいい?」
「?どうぞ」

 部屋の中であることや、普段はこんなことに了承などとらないことなどがあり、ひよのは不思議そうに首を傾げた。
 しかし一応頷くひよのを見て、カノンは左手で彼女の右手を取った。
「…………」
「どうしたんですか?」
「…いや、邪魔 だなーと思って」
 繋がれたふたつの手をじっと見つめて。
「何がですか?」
「手が」
「は?」
 真顔で言うカノンに、ひよのが目を丸くした。


 そう。
 手を繋げば手が邪魔だ。
 手の皮か、骨か、肉か、血か。
 どこまで除いてしまえば彼女に触れていることになるのかは分からないけれど。
 とにかくこの不安定さというか、不安というか、要するに不快は拭えない。


 指を絡めるくらいじゃ
 全然支えになどなるはずがない。





「え、ちょ カノンさ…」
 手を離し、腕を掴み、引き寄せて唇を重ねる。
 どこまでやればくっついていることになるか分からないから、とりあえず力いっぱい抱き締めて、頭を押さえ付ける。

 身体が邪魔だ。

 この腕だか胸だか足だか、皮だか骨だか何だか。 とにかく邪魔だ。一体感など得られない。

 強引に歯列を割り、舌を絡めても。
 粘膜は絡んでも、それでも何も交わってなどいない。


 この分だと服を脱いで抱き合ったって、
 どんな深いキスをしようがセックスしようが、
 この孤独感は同じだと思う。





「どーしたんですか、カノンさん!」
 尋常ではないカノンの様子に、ひよのが焦ったように胸を押しのけて言う。
 しかしカノンは変わらずに真顔で、
「いっそミキサーか何かにかけて、ひよのさんが僕を飲んじゃえばいいんじゃない?」
「は?」
 なかなかに怖い台詞を真顔でのたまわれてしまい、ひよのの顔も一気に強張る。
「どんなにしてもそこには境界があって、一つになんかなれない。 不充分というか不安定というか…何か気持ちが悪いんだ」
「…………」




 そう。
 そもそも名前というものがある時点で
 お互いの存在無しにも息ができるという時点で

 化学的な意味での ひとつ になどなれはしない。








 真剣な、というよりも駄々をこねる子どものようなカノンの目に、ひよのは困ったように笑って。
「カノンさんが死んだり、心を分解してまでひとつになる必要なんてないと思いますよ」
「…」
「それに、境界なんてないと思いますよ、私は。 同じ人間なんですから」
 同じ、という部分を心なしか強調してひよのが言う。
 何か言いたげな、しかし何も言わずに見つめてくるカノンの視線を受け、少し笑って

「遠いか、近いかだけなんです。 常に同じライン上にいるから、いくらでも近づけるはずなのに無限に距離があるだけ だと思いますよ





 自分も何かとの距離に参ってるんだ、とでも言いたげな声。




 常に暖かいのは肌で、熱が足りないのは心だから。
 触れたいのは心なのに、その前に身体に触れてそれで終わってしまうから。
 だから満たされることなく、距離が縮まることなく、ひとつになどなれるはずもなく、


 どこかで出会う約束でもして心を砕いてしまえば良いけど、
 そうすれば身体まで冷えてしまう。
 その場凌ぎの熱ですら得られなくなってしまう。






 喜びも悲しみも寂しさも痛みも、所詮は自分にしか感じることができないものだから。
 それを少しだけ見せ合ったり、少しだけ共有し合ったりして、
 それだけで一つになれた気でいれたりする人もいるけれど。




 完璧を求めれば求めるほど、この世界で生きるには寂しすぎる。





「でもその寂しさも、大事なものじゃないですか。 ひとつになりたいと思えるほどの人がいるからこそあるんですから。 だから私はこの感情ごとカノンさんを大切だと思ってますが?」
 そう言って幸せそうに笑った。
 哀しさや痛みなど受けたこともない、そんな顔で。
 この世界に何が起こっても揺るぎなどしない、そんな笑顔。


 そんなひよのにカノンも頷いて、笑顔を向けて。
「そうだね」




 ―――遠いね、確かに。





 そう呟いて、また手を繋ぐ。
 繋げていないと知りつつも、離したくなかった。


















 終









ぐは。
こういうのって一生抱えて生きてくもんですよね。
人間とかで気が合う合わないって、違う違わないとかじゃなく遠い近いとかだと思う。
同じ生き物というか。
あんまり自分が特別な感情抱くとかそんな風には思わない。
大体みんな似たような感情とか考えを持っていて、それが空気に触れると違ってくるから見た目が全然違うように感じるだけだけど、
モトの感情がその人の心のどこらへんに位置しているものだったかを考えれば近いとか遠いとかじゃないかなーって
また意味わかんねぇや!(…).

気持ち悪い話ですみません;
カノンはとにかくごっちゃごっちゃ考えすぎてるといいと思う。