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 こんにちわ 憎くてたまらないいとしいひと








  + 携帯電話 +








 ある昼下がり。
 廊下で理緒を見掛けた新聞部長は、「あ」 ふと思い出したようにその背中に声を掛けた。

「理緒さん、携帯番号教えてください」
「え、いいですけど…」
 振り向いた理緒は、躊躇うというよりは不思議そうな顔で言葉を途切らせた。
「?どうかしました?」
 ひよのが首を傾げると、理緒は少し考えながら言葉を続ける。
「てっきりもうご存知かと」
「…調べ上げられ済みだろう と?」
「まぁ そうですね」
「さすがにそれは犯罪ですよ〜」
 けらけらと可笑しそうに言うひよのに、理緒は色々と言いたげな目を向けたがとりあえず何も言わなかった。
 そして自分の携帯を取り出し、自分の番号を伝える。

「ありがとうございます♪」
「それじゃあ」
 ぱたんと携帯を閉じると、理緒はにこりと笑顔を浮かべて踵を返そうとする。
 それにひよのが心底驚いたような顔で引き止めた。
「えッ ちょっ、 えぇ!?」
 いきなり腕を掴まれ、立ち止まった理緒も疑問符を浮かべる。
「?どうか…」
「どうして私の番号訊いてくれないんですか!?」
「……」

 まったく信じられない、といった表情のひよのに、「使う予定も特に無いし」とはっきりとは言い難いかもしれないと理緒が考える。
 しかしひよのに読み取られ、
「理緒さん、どーせ私に掛ける用事もないしとか思ってるんでしょう!?」
「…えぇ、うん まぁ」
「用事が無くても!これでいつでも連絡できるな〜とか、いざ用があるときに探し回らなくて済むな〜とか、そういう絆的なものが生まれるじゃないですか!もう!」
 ぷぅと頬を膨らませるひよのに苦笑したが、その台詞にどこか嬉しさを感じ、理緒は小さく笑うと仕舞った携帯をもう一度取り出した。
「それじゃあ、ひよのさんの携帯番号も教えてください」
「はい、いいですよ♪」
 あほみたいなやりとりだな などとは思ったが、本当に少しだけ嬉しかった。




 理緒と別れ、なんとなく佇む廊下。
 壁にもたれ、ぼんやりと窓の外を横目で見ていると。
 自分の前を同じような影が何度か往復しているのに気付く。
「…」
 しかもそれは非常におぼえのある人物。
「…何してるんですか、カノンさん」
「え?」
「さっきから何度も通ってるじゃないですか ここ」
 白々しいカノンの反応に、嘆息してひよのが尋ねる。
「もう、気付いてたならどうして声掛けてくれないの」
「用事無いですし」
「!!!!」
 きっぱりとしたひよのの言葉に、カノンが頭に鉄アレイでも落ちてきたのかというような顔をした。
 『カノン案外ピンチ!』という吹き出しが似合いそうな顔だ。
 そして硬直すること約2秒、

「あるはずだろ!!!」
「っ、何がですかっ」
 凄い剣幕で切り出したカノンに、ひよのがたじろぐ。

「ほら、僕を見かけたんだよ、ひよのさんっ」
「はぁ」
「何か訊きたいことがあるんじゃない??」
 物凄く嬉しそうというか、何かを期待している顔だ。
 これと言った心当たりがまったく無いひよのは首を傾げるしかない。
「いえ…特には」
 しかしカノンはひよのの顔を見ることなく、はっと一人悟ったような顔で、
「あ、まさか とっくに知ってるとか!?」
 と大げさに驚いて見せる。
 いいかげんにしろと言わんばかりに「一体何の話ですか」ひよのが半眼でカノンを見つめた。

「どーして理緒に訊いて、僕の携帯番号訊いてくれないの!?」
 焦れたようにカノンが声を荒げて言う。
 するとひよのはやっと合点がいったように、
「あ、それですか〜」
 そしてにっこりと笑って畳み掛ける言葉が


「カノンさんて携帯持ってらしたんですか」

「な、持ってるよ、携帯くらい!」
「携帯だからって糸電話か何かと勘違いしてませんよね?」
「!!いぃ今のは傷ついたよ!!ひどいやひよのさん!僕のこと一体何と思ってるんだ!」
「―」
「あ、やっぱいい ききたくない」
 はぁとカノンが項垂れる。
 口を開きかけたひよのは残念そうに心の中で舌打ちしたりもしたが、にっこりと笑って

「まぁどっちみち私 カノンさんの番号訊きませんよ」
「!!がーん」
 大いにショックを受けたように(演技かどうかは定かではない) カノンがその場にへなへなとしゃがみ込む。
 いじいじと下に円を書くカノンにひよのはまた笑って、
「だって、携帯って離れてる相手と会話したり連絡とったりするときに大事なものじゃないですか」
「うん」
「携帯番号知らないと、話したいとき相手を探さないといけないじゃないですか」
「うん」
「つまり、カノンさんの番号知ってしまったら会う回数が減っちゃうじゃないですか〜。 カノンさんの顔を見る回数が減っちゃうじゃないですか〜」
「!!」

 鶴の一声(?)
 一瞬でカノンの表情が一転して回りにぱぱぱっと花が咲き始める。
「なーんだ、そういうことだったのかー!! 僕勝手に勘違いしちゃったよー」
「まぁ勘違いはカノンさんの専売特許ですから」
「うんうん。 さぁひよのさん、ここで会ったのも何かの縁だ」
「パフェ奢ってください」
「了・解!!」

 にこにこと勝手にカフェテリアを目指し歩き始めるひよのの後ろを、スキップでも踏みそうな勢いでカノンが幸せそうについて行った。



 一部始終を見ていたオーディエンスが約三人。
「え?」
「結局…ラブラブなの?」
「ラブコメっていうのかな」
「あほみたい」
「ひよのさんて本当人扱うのが上手いよね…」

 改めてひよのに畏れ入りながら、また彼女の機転を期待してカノンに奢ってもらうべく、理緒、亮子、浅月の三人ものこのこと二人の後をついて行くのであった。


















 終









真面目な話を期待したお方(冒頭で)
すみません。