06


 伝えないことによって素晴らしくなる想いもあるのです








  + レトロ +








「こんにちわ、です」
「…また間違い?」
 嘆息混じりに帽子を被り直す。

 よく晴れた暑い日。
 人通りの少ない街道にぽつんと置いてあるポストの横、ちょこんとしゃがんで太陽から隠れるように。
 少女は悪戯っぽく笑い、すみませんねぇと言った。
 この暑さが少しだけ和らぐような、鈴の音のような声。


 はじめて会ったのは十日ほど前だろうか。
 宛先を間違えて書いてしまったから、と、郵便物を回収しに来る自分をずっと待っていたというのだ。
 そう多くはないポストの中身を漁り、水色の封筒を一枚取り出すと、笑って会釈して去って行った。

 それから今日に至るまで。
 毎日少女はポストの横に座っていた。
 決まって宛先を間違えて出した、水色の封筒。
 陽を浴びて少し赤くなった頬。
 手紙を取り出すと、決まって笑顔ひとつ浮かべ、会釈して去って行く。


 揺れる蜂蜜色のお下げ。
 白いスカートの裾。
 水色の封筒。
 鈴の鳴るような声。
 陽に焼けた笑顔。




 何日目になったことだろう。




「こんにちわです」
「…今日もかい?」
「どうもすみません」
 ふふ、と小さく笑う。
「本当は、どこに出すつもりなの」
「どこにも出さないんですよ」
「それじゃあ届かないよ」
「届いてますよ?」
「?」
 からかうような笑顔。
 首を傾げると、少女は更に楽しそうに笑った。

「お兄さん、手紙は…どこからが相手に気持ちを伝える段階なんだと思いますか?」

 気持ちが溢れる唇から。
 便箋を買いに行くコンビニへの道から。
 想いを綴るシャープペンの先から。
 封を閉じるシールの台紙をつまむ二本の指先から。
 ポストへと歩く足を運ぶサンダルから。
 ポストの口へ手を挿し込む冷たさから。
 回収される赤い箱の重量から。
 耳に馴染む自転車のベル、ブレーキの音から。
 郵便受けの蓋を開ける新しい気持ちから。
 封筒の裏の差出人の名前を見て微笑む口元から。
 封を破る不器用な手先から。

「そして…気持ちが伝わるということは、どこが到達点なんですかね。私はそれがわからなくて困ってるんです」
「………難しいねぇ」
「難しいですよ〜」
 少女が笑う。
 水色の封筒を胸に押しつけるように抱いて。
「それ、ずっと同じものなの?」
「まさか。毎日違いますよ」
「ちゃんと…届けなくて良いの?」
「だから届いてるんですってば、私の場合」
「ふーん…」
「手紙を送ってますよ、あなたへの気持ちを綴ってますよ、という事実を伝えるのが手紙の最大の目的じゃありません?」
「手紙の内容は?」
「まぁ、オプションですね」
「なるほど」
 僕が肩をすくめると、少女は楽しそうに笑った。 今度はどこか照れ笑い。
「…それで、」
 キミがこうして手紙を出してること、相手はちゃんと知ってるの?
 それは伝えてるの?
 と尋ねると、少女は嬉しそうに笑って頷いた。

「もちろん、ですよ」






「こんにちわです」
「こんにちは。 今日も出したの?」
「ええ」

 日差しも強くなり、少女のお下げに麦わら帽子が被さるようになって。
 彼女の手紙は、
 それに込めた気持ちは、どこまで行っているのだろう。
 出し続けられる手紙。
 どこまで
 届けられているのだろう。
 届いてます、と微笑む顔。 増えて行く手紙。









 これで何回目になるんだろう。


















 終









知るかボケェェェ!!
(何に対してきれているのかわからない)


ひよひよが誰に向けて手紙発信してるかがポイント。
かなり不親切な構成です、確信犯です(オイ)
手紙大好き。今回のは私の手紙へのラブレターです。