05


 青空が似合うあなたにも、雨は降る。








  + 雨 +








「うーん…止みそうにありませんねぇ…」
 朝は天気が良かったから、当然傘のことなど考えてもいなくて。
 昼から急に降り出した雨。
 放課後、部活終了までには止むことを祈っていたのだが。
 あいにく、そこまで大雨ではないものの、家に帰るまでにはすっかり濡れ鼠になってしまうことだろう。
 ひよのが盛大なため息を吐いた。


 本当は、以前まで。
 雨アレルギーというか。 雨が駄目だった。
 色々と思い出すものが多過ぎて、雨の日には碌に口も聞けないほどだったのだが、最近になって克服できたのだ。
 …ある人間のおかげで。






 まぁ、それはさておき。


「うぅ、これは意を決して飛びこむしかありませんね…」
 周りに人もあまりいないようだし、今なら掻く恥も半分で済むだろう。…そういう問題ではないが。
 さすがに無断で他人の傘を借りるわけにもいかないし。

 容赦なく降り注ぐ雨を数秒睨んだあと、ひよのはもう一度ため息を吐く。ため息というよりは、深呼吸に近いか。
 そして、えいやっとばかりに雨の中を駆け出した。


 あぁ、髪も顔も肩も濡れる。
 制服も泥水で汚れ、クリーニングに出さなくてはならないだろう。(今日が金曜で良かった。)
 靴も完全にびしょびしょ。
 ダッシュのせいで息は苦しいし、雨が目に入ってくるせいで視界も悪化。

「あ〜…最悪です…」
 ぼやきながらぱしゃぱしゃと水を蹴り上げて行く。
 そして土手に通りかかったとき。


「あれ・・・カノンさん?」


 土手の草むらで、川を眺めているのだろうか。
 ぼんやりと雨の中、直立不動にしている様は誰が見ても異様だった。


 もう完全に濡れてるし、第一疲れた。 観念しよう、とそう判断し、ひよのは足を止めた。  息を整えながらゆっくりと、カノンに近づいていく。

「カノンさん、どうかしたんですか?」
「・・・あ、ひよのさん」
 ゆっくりと振り返り、ひよのの姿を見止めると、カノンは静かに微笑んだ。

「こんなところで…濡れますよ」
「とっくだよ。 ひよのさんこそそうじゃないか」
「私は傘を忘れたんで、走って帰ろうとしてたんです。 まぁ、もう完全に濡れてるんで諦めましたけど・・・」
「…」
 いつもより妙に静かなカノンを不思議に思い、ひよのが訝しげに首を傾げる。

「風邪引きますよ? どうしたんですか」
「別に…たまには雨にうたれてみようかなって」
「暇なんですか?」
「そうとってもおーけー」
「……」
「ひよのさんこそ。僕なんかに構ってないで帰ったほうがいいよ。風邪引くよ」
「それは最初に私が言ったセリフです」
「あ、そうだっけ」
「カノンさん、馬鹿ではないんですから風邪はちゃんと引くはずですよ。さぁ、歩きましょう」
 無駄ではあるが、どんどん顔に滑り降りてくる水を拭いながらひよのが言う。
 しかしその言葉も聞いているのか聞いていないのか、カノンはただぼんやりと雨が落ちてくる空を眺めているだけで。






「…何を考えてそうしてるのか、当てましょうか?」
「?ん、じゃあ当ててみて」
「全部流して欲しいって思ってるんでしょう?」
「――」
「過去や、自分をとりまく状況やら、運命とかいうものとか、…汚れた手を。全部洗い流して欲しいと。 そう思ってるんじゃないですか?」
「…………」
「ま、正解・不正解どちらとは問いませんが」
「ひよのさんはすごいね」
「それはどうも。 でもカノンさん、雨はそんなもの洗ってはくれませんよ」
「……分かってるよ」
「雨のあとにはお陽さまが照らして、すべてを浄化してくれる。そんなのを待ってても無駄ですよ」
「分かってるよ」
「それは良かった。 じゃ帰りましょ♪」





 無言で雨の中を、二人並んでのろのろと歩いて行く。

 そんな中、ひよのが思い出したように、笑顔でカノンに声をかける。 雨のせいで気持ち分、大声で。
「あ、カノンさん。 でも、ですね」
「は?」
「だから! 雨は過去を洗ってはくれませんし、お陽さまの光だって汚い自分を浄化してくれるには値しません」
「…うん?」
「でも、ちゃんとあるんですよ。 気持ちが救われたように軽くなる、一瞬が」



 あのとき、自分にもあった。
 闇の中で捕らわれていた自分が、そこから抜け出せて自由になった瞬間が。

 闇の中に光はなかった。
 照らしてくれる太陽なんてあるはずもなく、いつも雨だった。

 でも

 だから

 差し伸べられた手は陽射しより暖かかった。








  「大事にしてくださいよ。 いつ、誰があなたにそれをくれるか分かりませんよ」
 そう言って、ひよのはにっこりと笑った。
 雨の中、顔に当たる雫を煩そうにしながらも、眩しいほどの笑顔で。


 カノンは少しだけ微笑って、
 軋む胸を抑えて。

 ――そう、「それ」が何よりも痛いんだ。
 心の中で呟いた。

 ひよのの言葉を喜んでいる自分がいる。
 それは、つまり自分の中に、まだ希望を、癒しを望んでいる自分がいることになるわけで。
 それがとても忌々しかった。




 でも、この温かい気持ちを否定できる術なんかない。




   どうして飽きもせず、自分などを照らそうとするのだろう。
 それがどれだけ嬉しいか、どれだけ痛いか 彼女には知る由もないのに。






 でも、しばらくはこの曖昧な気持ちのまま、雨の中を歩いていようと思う。
 救いを期待もしない。
 この血で汚れた手を浄化されることも望まない。


 もし、万が一。
 自分に一瞬でも陽射しを見せてくれる人間がこの先いたとしたなら。




 それは恐らく、彼女になるのだろうから。


 それがとても恐ろしいのだけど。
 自分から遠ざけることなんてできないから。













 しばらくは、このまま。
 何も望まない。
 今は、無でいさせて。























「そういえば…雨の中の男女といえば、相合傘だよね」
「なんでそんな絶妙な日本の伝統を知ってるんですか。 大体相合傘なんて…昭和じゃあるまいし」
「やる?あいあいがさ」
「へ?」
「僕、実は今傘持ってるんだよね」







 降り続く雨の中、ハリセンでひよのがカノンを引っ叩いた音がやけに大きく響いたとか。


















 終









うはー;すみません全然まとまりませんでした…
たぶん私なら「雨」というタイトルで、
ドス黒いのを書くだろうという予想が多いんじゃないかと思い!(謎)
ほのぼのでいってみました☆(←ほのぼのとは何たるかを知らない様子)
でもやっぱりタダの甘々はイヤなんですよ〜。
果てしなく無糖派。
ひよひよだってカノンさんに恋愛感情はないだろうし、カノンさんだって無い。(そもそもあったとしても否定し続けそう)
だってねぇ。ひよのさんにはやっぱり弟君がぴったりだし、カノンさんだってラザさんの方がお似合いよ。(くされ)
だからカノンさんとひよのさんの間には愛とかそういうのはなくて、もっと深い絆みたいのが…!
存在していて欲しいと…思うんですけど……(小声)