温かい風が吹いていた。
青年は、一本の大樹のふもと、梢を望みながら腰を下ろしていた。
弓を傍らに置いていた。張りつめた空気は感じられない。
生きるための、最低限の狩りを心がけているのだろう。
小さな猪が一匹でも取れれば、彼の夕餉はそれで豪華に成り得る――それで充分だった。
背をゆったりと樹に預ける。何と無しに、青年は世界樹のことを思いだした。
かつての仇敵が、ひいては星の海の向こう、ユリス・カーラーンが欲した力の源。
誰も正しくなかったし、また間違ってもいなかった――ただ、信念のみがそこ
にあった。
「正しくない」ということを「悪」とするならば、確かに人の心は悪、なのだろう。
だが、それでもこうして生きている。この結果を責めることなど、誰にも出来はしない――それに、絆は残った。
もう逢えない人達もいるが、それでもそのことに未練は無い。
こうして今の、自分自身の時代を生きるのが、今回の件に対しての最良の答えだと思っていたから。
……しかし。
それでも色々と考え込んでしまう。
時と共に、何もかもが移ろうこの世界。
変わらないものなど、あるのだろうか――
柄にも無く、色々と昔のことを思ったりしたのも、その悩みのせいなのかも知れなかった。
物憂げなため息が、ひとつ漏れる。
ふいに、風が凪いだ。
葉擦れの音が、静かな木々の帳に優しく響き渡る。
青年は眉を伏せながらも、頭上の梢に目をやった――
「ご無沙汰」
「…………うん」
ホウキにまたがった少女。
その容姿、雰囲気、声色――そのどれもが、青年の記憶そのままだった。
「今日の獲物、取れたの?」
「いや、まだだ」
日の光が逆光になって、少女の表情はよく見えなかった。
「あたしね、あれからかなり料理ね、勉強したんだよ」
「ふーん。マーボーカレーとか?」
「……ちょっとチェスター?」
ホウキの上の姿が、軽やかに飛んだ。
そのまま青年の隣に立ち、ぎろと彼のことを下目遣いに睨みつける。
「こっちは一〇〇年越しなんだけど」
「正確には一〇三年、だろ?」
「く、くっ! あ、相っ変らずひねくれてんのね、あんた」
口端と肩を震わせる少女。
すっと立ちあがる青年の頬に浮かぶは、苦笑。
「どう言っていいのか、分かんねぇんだ」
「……何が」
「色々と言いたいことが、有り過ぎて」
「ふーん」
「お前はそうじゃないのか? アーチェ」
「……ある。恨みごとがたっくさん」
そう言って少女は、にき、とはにかんだ。
「なんだ……何も変わってないんじゃないか」
時と共に、何もかもが移ろうこの世界。
それでも、変わらないものはある――
「ん、何か言った?」
「……いーや、別に」
その微笑みにつられるように、青年の苦笑が微笑へと変わっていくのは、とても自然なことだった。
「お前に逢いたくて逢いたくて仕方なかった、って言おうとはしたけどな」
Closed.
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Kiss→Cさまいから戴いたTOP、チェスvアー小説です〜!!
もう、この文章の前ではどのような言葉も無と化すような気がしてなりません。だって上手すぎて・・・!!
もう二人の様子や情景が目の前に浮かんでくるようで、読んでる間ずっと顔がにやけっぱなしでした(笑)
こんな文章を私も書いてみたいと心から尊敬しております!!!
3500ヒットのキリリクで贈らせて頂いた、いわば嫌がらせとも取れるようなあのシロモノからこのようなSSを頂けるなんて・・・感無量です−!しかも大大大好きなチェスターとアーチェをvv
私の中の二人そのまんまで本当に感激です!
あぁ本当に頂いてしまって宜しいのでしょうか・・・いえ返せと言われても離しませんが。未来永劫。(真剣)
Kiss→Cさん、本当に本当にありがとうございました〜!!
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